このコロナ禍、本当に色んなことがありました。本当に。
コロナ禍で何もないからブログを放置していたわけでも全然なくて、振り返ってコロナ禍が人生で一番忙しかったかもと思うぐらいの経験をさせてもらいました。
それは文字媒体でのインタビューだったり、ウェブにライブレポートだったりを書いたり。これまで“おしゃべり”1本でやってきたようなところがあるわたしが文章で記すという今までとは違う…けど、どちらの良さもあるのだなというのがよく分かったこのコロナ禍での経験だったし、お陰様で忙しくさせていただき今も続いていることには本当に感謝しかありません。そうやってPCに向かって文章にすることが格段に増え、自分の備忘としてのブログには全く向き合えなかった…というのが偽らざる事実です。
そんなお仕事のことだったり、何度も行っては涙した(笑)男闘呼組の復活ライブのこと、そしてそして、今年の盛岡・いしがきミュージックフェスのことだったり…
自分なりの備忘としてやっぱりちゃんと残そう、って思って少しずつ向き合いはじめたところに…
それこそ。チバユウスケさんとも、雑誌のインタビューを一度、コロナ禍にさせていただきました。でも元々、岩手での色んなことがなければチバさんにこんなにシンパシーを感じていなかったとは思います。
その一番最初は、東日本大震災のあと。盛岡のタワーレコードも営業が中々できない状況でしたが、“営業再開できた時に、ここに来れば1人じゃないし音楽はそばにあるんだ”って。そんな場所にしたい、っていう(当時の)タワレコ店員・工藤くん(※今は盛岡市内のレコ屋・Sound Channelにいます。お店は変わっても音楽愛は変わりませんw)の発案で。一緒にこんな企画を展開して、営業再開からしばらくの間は盛岡のタワレコはアーティストからのたくさんのメッセージに包まれていたのでした。
上記リンクで最初にThe Birthdayに言及していますが、実はこれは同じ事務所に所属するバンドにメッセージ依頼をお願いしたのでした。余談ですが、メッセージを寄せて欲しいとお願いして断られたアーティストは1組もいなかったと記憶しています。
そのバンドと共に、The Birthdayからのメッセージも送られてきてびっくりしたことを覚えています。自分が接点のある方にしかお願いは出来ないよな…と思って進めた企画だったし(自分に関しては)、もちろんお話が波及して“レーベル所属のアーティストにも書いてもらいました”とか、そういう嬉しくありがたいことは事実あった中で、The Birthdayが手書きで寄せてくれたメッセージは、本当に本当に嬉しかった。推測だけど、“そんなのやってんだ、俺らも書くわ”ってサラッとペンを執ってくれたんじゃないかなって思ってる。
実際にお店で見てもらいたいと思って、1枚1枚どんなメッセージか分かるような記録は撮らなかった。けど、
“God Bless You”
The Birthdayはサインと共にそう書いてあったと記憶してる。なぜならわたしがへこたれそうになった時、このメッセージをもらって以降、この言葉を何度も心の中でつぶやいたから。
実はこのタイミングで他にも身近なところからチバさん・The Birthdayにまつわるあたたかいお気持ちのエピソードを耳にしていた。それはまた違う第三者の話なのでここには記載しないけど、今も覚えてるおはなし。
あれから時を経て、おそらく震災から5〜6年経って。The Birthdayが盛岡・いしがきミュージックフェスに出たのだよね。と思ったら記録を残してたヲレ、エライ!2016年のいしがきミュージックフェスでした!
そして自分で残した記録を読みながら、目頭が熱くなっています…
わたしはミッシェルにしてもそんなにそんなに聴いていた方ではないし、おそらくだけど、岩手での色んな関わりがなければチバさんに対して何らかの思いを抱いたりということもなかったと思う。のです。
この数日、なんだかぼんやりしてしまって。岩手での色んなことを思い出してしまって。
チバさん、とにもかくにもやさしいお方だったのだよなぁ。シュッとしてて怖そうだし、気楽になんか話しかけられはしないけど。でも 、ニートビーツのMR.PANさんからも色んな話を聞いては爆笑してたし、PANさんが今年荻窪に完成させた音が鳴る場所でもライブをやってくれたのよね、The Birthday。あのライブ、何としてでも、見ておくんだった…
年齢的に、自分に残された時間は確実に折り返してると思っていた今日この頃。やっぱり時間は、もう限られてきてるのだよな。
それこそ書いていないからそれも思い出しながら書こう。去年、宮古で行われたパワーストック。前乗りスタッフで宮古の居酒屋さんでご飯飲みをしてました。
そこにふらっと現れたのは、お酒がだいぶ入ったチバユウスケさんでした。
酔っ払ったチバさんは、こんな言い方も何ですが、かわいかったです。母性本能くすぐる系のかわいさですね。笑
あ、これで翌日すこし気楽に声とかかけても大丈夫かな…なんて思ったんですが、
ライブ当日、会場に現れたチバさんはやっぱりいつものチバさんで、全く無理でした。爆
アナウンスがあったのでステージ袖でライブを見ながら、チバさんのピックがピーンってステージに飛んだのを見ていて、ライブ終わりでさっと取りに行ってチバさんに届けに行きました。話すチャンス!って下心です、はい。笑
“やるよ“
そう言ったチバさんの声が今でも脳内で再生できる。その一言がむちゃくちゃカッコいい!!
あれからずうっと、携帯カバーの間に挟んでお守りのように持ち歩いてました(あとトシロウ神のビックリマン的シールと共にw)。
関東に引っ越してからも“このままこの線路に入ってしまえば”と思ったことが実は何度もあります。わたしだってご多分に漏れず病んでとことん沈んでしまう、そんな日を繰り返す時期がありました。でも、God Bless Youの言葉で、震災後も踏ん張ってこられた。腐りかけては何度も、その言葉をささやいてた。
そしてこのピックが今のわたしを支えてくれていた(夏からビニールの携帯カバーが熱くなるので外し今はデスクの真ん中に鎮座している)。そしてこれからも支えてくれるだろう。
コロナの前にアメリカに1人で行った時もこんなことがあってね、ってそのことは書いてないみたいなのでちょっと書くと。
シアトルではちょっとゼータクして良いホテルに泊まったら、アップグレードまでしてくれて広い窓でちょっとした夜の景色も楽しめるお部屋でした。が、広い部屋に1人で不安(笑)、とにかく色んな仕切りは開けっぱなしにして、それこそバスタブに浸かりながらもお風呂も開けっ放しにしてました。
バスローブ(爆)着て、部屋に戻るとガラス窓がくもってる。湯気ですよね。
でもそこに、
“GOD ♡ YOU”
の文字が浮かび上がってました。
前に泊まった方がガラス窓に指で書いたのでしょう。
その文字を見た瞬間に、涙が止まんなくなったことがありました。
God Bless You、これからもこの言葉を唱えながら。そしてこれからも色んなことが毎日あると思うしもっともっとタフな状況になってくるかもしれない。
でも、わたしにはこの言葉がある。God Bless You。