圧倒的な思考の欠如〜陸前高田市に行ったこと

はて、と気が付いたのですが。そうかそうか、考える、という行為が減っているのだな。人と会って話したり本を読んだり思考を巡らせていると思っていたけれど、それは‘思考しているふり’をしているだけだったのだな、と。

昨日、伊藤清彦さんの訃報が届きました。昨年、初めてお会いできたその時のことは過去の自分のブログに委ねますが、ふと、伊藤さんの存在を知った大学生の頃を振り返ることにもなり、あれこれ逡巡していると、あの頃はただ一生懸命考えることしかできなくて、でも今はあの頃の倍は生きてしまった経験値みたいなものが先に勝手に動いて、「あぁこうすればいいのかな」と乗り切れてきてしまっている。最近、というのがどれくらい続いたのか、そうやってなんとなくいろんなことは形になって、あまり考えるという行為をせずに生きてきてしまっていて、頭を使っているようで使っていないのだな、と。はた、と気づいた今朝。

伊藤さん、もう一度、お目にかかりたかったです。ただ、それだけです。でも、いち市井のわたしが去年にお目にかかれたことは、幸せなこととも言えるのかもしれない、とも思います。

さて。そんな今、考える…それこそわたしが考えたところで何も変わらないし変えられない案件のひとつ。
昨年末、年末恒例『東北ライブハウス大作戦・暴(忘)年会(のことは次に書きます)』で。初の試みとして、幡ヶ谷再生大学(については省略します)とライブハウス大作戦との企画で、『陸前高田スタディツアー』を行いました。忘年会は飲んでナンボ、なわけでスタディツアー前日も皆かなりの量を飲んでいたのに遅刻者ゼロでツアーはスタート。

高田の街は本当に行くたびに変わっていて、地元の方でもどこが何かまったく分からなくなってしまうのもよく分かる。かさ上げ工事もかなり進んでいる。

かさ上げ工事が進み、周り一帯がすべてかさ上げの土地に囲まれる中。この米沢商会の建物はあの頃のまま今も残る。陸前高田としては、その建物で亡くなった方がいない場合、建築物を残して良いという方針とのことでこの建物も残すことができるとのこと。この建物に一人残った社長さん(と言ってたと思う)は建物のいちばん、いちばん上まで登って津波を免れたという(他の従業員の方は別の場所へと避難)。

このように、ご厚意で地元の工事業者の方にご案内をいただきお話を聞きながら。普段は入れない場所にも行かせてもらう。その一つが、愛宕山と呼ばれた地元の小高い山にも登ったのですが、同じく亡くなった方がいない気仙中学校、こちらの校歌に‘愛宕山’と歌われていた歌詞も、今や震災後の開発などで切り開かれてしまったと聞く。

そんな陸前高田に完成した、復興祈念公園にも、皆で行きました。

とても洗練されたデザインが美しい公園でした。確かに公園、で、道の駅のような役割も果たしつつ、無料で見学できる震災時の出来事を見られる展示は、申し訳ないですがまともに見ることなどできませんでした。今、思い出しても文字を打つ手が止まってしまう。
沿岸の方々の恐怖や不安は、あの時、いかばかりだったのだろうか。

あの時、ラジオを通して伝えることに必死だったけど、その放送に対しては文句や罵詈雑言もいただいた。あの時、でもそんなことに構っていられなかったし、声を止めないことしか皆考えていなかったと思うし、放送に対して憤りを送ることが何かのはけ口になるならそれでいいといちいち落ち込むこともなかった。でも、でも、あの時の恐怖や不安を思うと、なんだかなんだか、自分のふがいない思いと情けなさで、今も、胸が詰まる。書きなぐったファックスの文字がフラッシュバックする。

震災の頃はちょうど地元の岩手を離れたという、今やシンガーソングライターの村松徳一くん(左)、震災後の大船渡にライブハウスができて(それが東北ライブハウス大作戦ひとつの店舗)&いま音楽の道も進むシンタロー(Giganticsというユニット)。彼らとも話しながら、今だから話せることもあるよね、って。村松くんは仙台に住んで、いろんな人に助けられたこと、自分も炊き出しに行ったことなど初めて話してくれた。

時は経つ。戦争を知る世代が減ってくることと同じように、震災の経験者だって減っていく。それが時が経つということ。自分が経験したから傷もあるから理解できることは震災に関しては確かに多いけれど、それは「思考」という思い巡らす行為がちゃんとできれば、どんなことでも、経験をしていなかろうとも。想像する、強く想像することができる人であれば、そうあることが大事なのではなかろうか、人として。つまりは繰り返しになるけれど、思考できるということは生きている以上、とてつもなく大切なことではないかと。

祈念公園から目にできる景色、海との間に小さな苗が育っている。松を育てているのだと。いつの日かまた松の原っぱが戻ってくるのかもしれない、でもこの日、語り部の方はこういったお話もしてくださった。

「陸前高田は松がたった1本しか残らなかった。かたや、宮城の景勝地・松島は、松が今もなお残っている。その差は何か、自然の松林だったか、人の手による松林だったか」

こちらも今回、ちゃんと目視で確認できた建物。国道45号線に今も残る旧・道の駅(通称タピック)。こちら建物内部が完全に崩壊しているけど、亡くなった方が出ていないのは、直角三角形になっている屋根の部分が海側から見るとどこかのスタジアムに行ったかのように階段のような段差になっていて、助かった人はこの屋根を上まで登ったのだという。

ネットで検索すれば情報は簡単に手に入る。陸前高田の景色を目の当たりにしてもこうしてブログに書くのに検索してしまう始末。でも、情報は、自分のものにしなくては意味がない、単にその時欲しかった情報に行き当たって、「はいそうでしたね」と思うだけなら頭の中に何も残らない。情報を得て、それで思考するということ。

あぁ、これだったんだな。いつからか最近の、自分に欠けているものは。

朝からスタバというシャレオツな環境でこの文章を書いてみました(でもネットに接続できなくてアプしたのは夕方になるけど)。

さて、陸前高田の思考の件。最後に一言、「陸前高田という街に、5万人を収容できる音楽施設の建設は必要なのか」です。最近、会う人会う人にこの話をしています。はい。

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当事者であろうと、なかろうと〜石巻にて

今週は謎に東北づいています。すごいね。「え?」と思う連絡があったり。そうだな…そろそろ盛岡帰りたいな、と思ってたらこうだもん。笑

昨年のBUCHI ROCK、開催の前日。

やはり震災後、石巻で開催されている音楽フェス・ランドマークフェスへ。北上川の河川敷での開催はどんだけ音を出しても安心、っていう開放感がすごかった!

そしてどうです、このステージ。宮古のパワーストック最初を思い出すね、震災から3ヶ月後のあの時の。トラックのステージ、わたし、好きなんだ。立派なステージもいいけど、このステージは、ちょっとグッとくる。

思い出してもジリジリ日差しが照りつける暑っつい1日。ビールのアルコールなんてすぐ飛んでしまいそうな感じだった。石巻の名店・楓楸栞(ふうしゅうかん)の唐揚げが食べられたのも嬉しかった!出店は多くはなかったけど、厳選された地元の美味しいお店が出ている感じが好感。そして忘れちゃいけない、このフェスは無料開催で、駐車場すら無料でありました!

個人的にTOYBEATS(現在はいったん活動休止中、でも今年には復活するのでは?)いいじゃん〜って思ってた矢先、ここでもライブを見られて良かった!メンバーのRYOSUKEさんはなんだかんだ知り合って長いのだけど、バンドマンでもありながらレーベルを運営している人でもあって、ちょうどこんな良きインタビュー(聞き手は石井恵梨子さん!)があったので是非。個人的な備忘としても貼っておく。ずいぶん前にRYOSUKEチームと宮古の街を歩いて散策したことがあったのだけど、RYOSUKEさんはさりげなく女子のわたしを歩道の内側にして自分が道路側に立って歩く人。初めて会ったんだよね、そんな紳士なバンドマン。でも本人はたぶん無意識なところがまた素敵でね。で、この写真がRYOSUKEさんではない(笑)、彼は岩手のラジオリスナーでもあるけどまぁとにかくライブハウスで会う人だね、通称・ちょーすけ(^^)!

石巻と仙台を結ぶ電車・仙石線。石巻は石ノ森萬画館がありますからね、仮面ライダーやら石ノ森先生が生み出したキャラクターの像が至るところにあったり、コーヒー屋さんとホルモンのお店が多いし(なぜだろう?)、笹かまぼこと言えば俺っちのナンバーワンはここ!白謙かまぼこもあるし、いい街です。

そんな石巻も「市」としてみるととても広い市なんですよね。石巻駅から車で30〜40分程度かかったかな(迷ったせいもあるけど)?幡ヶ谷再生大学・ゆかりさんの運転でこちらにも連れて行ってもらいました。

大川小学校。行って驚くのは、なぜこんな場所で津波の被害が?ということ。海からは離れているけど、確かに雄大な北上川の河口ではある。要は、川津波(今調べたら、河川津波とも言うみたい)の大きな被害だったということですね。もともと北上川は川幅が広いところが岩手も多いですが、大川小学校近くを流れる北上川もかなりの川幅でした。

去年の夏に行った時にあったものですが、「数字で見る」大川小学校のことも貼っておきます。こうして見ると、海からの距離は約4キロもあるんですよね、ここは。

学校は山と呼んでいいのか、小高い部分がある斜面にも面していて、ここに逃げていたら…というのは正直あるでしょう。実際、「しいたけ栽培」をしていてここは使われていた場所でもあるみたいですし、ただこの表・下部にある通りで、避難は「山ではなく川に向かっ」てしまったわけです。

ぽつぽつ、白い点のようなものが斜面に見えると思いますが、こちら実際に登っている人の姿です。この部分から学校を見下ろすと、

写真じゃ伝わらないかもですが、結構な斜面と高さでした。ここに逃げていれば、津波は免れたかも、しれません。こんなことを書くのも正直、憚れるし何より辛い。あの時の判断力を誰も何人も、そして誰のことをも責められないとわたしは思うんです。だし、これ以上のことはもう本当に書けないです。ごめんなさい。

胸が苦しい。本当に苦しい。

2階部分まで勢い水が来たのがよく分かる。すごい勢いだったのがよく分かる。

コンクリートがこんなにぐにゃりと曲がってしまう。

昨年末、石巻にまた行ってきました。ということで続く。ちなみに夏場はこんなアートフェスが開催されていて、石巻の街ナカやドライブしていてもちょっとオシャレな感じでした☆

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ISHINOMAKI BUCHI ROCK🎶

去年のお盆時期に開催されたフェス・通称ブチロック。宮城県石巻市、ワカメ漁や牡蠣を育てる小渕浜(こぶちはま)で開催されたので、ブチロック。

このMVが撮影された場所が、ブチロックの開催場所。

今思い出しても気持ち悪くなるくらいの(笑)うだるような暑い日。ステージ横のテントはもう地獄の暑さで、氷をもらいにいって暑さをしのいでもすぐに氷なんて溶けてしまう、本当にフェスの現場は体力勝負だと思う。去年の現場の中ではもっとも過酷でした。

朝、現場入りした時にはまだ暗くて暑さなんて想像できないでしょ(笑)?

たくさんの大漁旗がお出迎え。漁師町でのフェスって感じ!

この日は1つのステージに総勢10のアーティスト。全て、小渕浜という場所や小渕浜で漁を営む方と接点があるアーティストばかり。こちら、福島・いわきのバンド、内郷げんこつ会ね。わたしももしかしてげんこつ会と会ったのは小渕浜でかもしれないな?ちなみにそんなげんこつ会のセットリストがちょっと爆笑もので…!

こんなの初めて見たわ(猛爆)!!!ちなみにげんこつ会が唯一の「(昨年)フジロックにも、ブチロックにも出演を果たした」アーティスト様でございますわよ!!!

わたしはこの日、アーティスト紹介をさせてもらいました。昭和の歌謡スタイルというか(笑)ライブ前にアーティストと小渕浜のつながりをステージでおしゃべりさせてもらいました。たとえば大阪のバンド・DAMが小渕に来てギターを教えたおかげで楽器を持つ子供が出て来たりとか(この日のO.A・キューピッドチャンス)、まだまだ瓦礫(という言い方は好きではないのですが、言い換える言葉がなく失礼します)撤去が進まないうちから来てくれていたというlocofrank(=ロコ)、わたしも知らなかった事実や関わりをこの日、わたし自身も知ることができた。お客さんからもツイッターで「良かった」って言っていただけたし、ロコには「ライブ前にあんな紹介されて感動やでー、ライブすんの大変やったわ」なんても言われたし、なんだか、本当に良かった。

個人的には、フェスのMCをしていてこういう紹介って好まないアーティストも多くいるんですよね。わたし自身もあまり必要ないと思ってる。でも、ひとつの個性としてこの日はこれで良かったしこうすべきだったんだ、って今は思う。タイトな時間の中で舞台監督がかまちさん(BRAHMANジャーマネ)だったのも良かった、気持ち的にもそうだし、「こうしたい」「こうして」のやりとりが実際スムースだったし。フェスの現場って本当に闘いなんですよ、実は。MCは出演者の一人ではなくスタッフの代表だからね、立ち位置的には。笑

そんなこの日は全編通してステージ上でのライブが素晴らしすぎて。この日この場限りだなぁ、ってライブばっかりだった。MONOEYESが始まる前、出演者用のごはんを作ってくれたスタッフのお母さんたち(おん年70代〜80代)が、スタッフ用のパイプ椅子を持ってステージ裏からステージが見える場所に移動し始めるので、「ちょっと、どうしたの?」って聞いたら、「細美さん見たいのさ!」って!そう聞いていっかい笑っちゃったわよ(^^)お母さんたちをもトリコにするみーちゃん、罪なヤツだぜ!笑。

片平里菜ちゃんのライブにはORANGE RANGEのYOHくんが入ったり(トリのBRAHMANでも三線を弾いたり)、で、ちゃん里菜のこの日の声はみずみずしく美しいオンナの人の声だったな。そう、今やメジャーデビューも果たしていっぱしの歌い手のちゃん里菜との最初の出会いはここ、小渕だったね。相部屋で泊まって作業をした時、ちゃん里菜はまだ10代だったのが今や20代半ばの綺麗な女性になっちゃった。YOHくんもやさしい人だね、それ以上もそれ以外もない、ただただ、「行動」で示す人。

トーキョータナカ from MAN WITH A MISSION。タナカさんは東北の震災に限らず、全国で起こった災害への支援に手を差し伸べる(生き物?地球外生命体?だっけ?)。個人的には知り合って浅いのですが、尊敬に値するオオカミさん。そんなオオカミさんDJに乱入した鹿(from 内郷げんこつ会)、さらにこの後、BRAHMANトシロウさんがチャリだったか原チャリだったかでステージに入ってきたのは大爆笑で写真なんか撮れませんでした!今思い出しても笑える!

笑って、涙も出て。それはトリを飾ったBRAHMANのライブね。もう暗くなってから繰り広げられるライブはそれこそ‘神がかって’ました。ここに住む漁師が、電話してきたんだよね、息子が夢に出て来たんだよ、って。朝方、息子さんにお弁当を作っている(→本になっています)時に電話を受けたと言う。その、電話をかけてきた主こそ、今回のブチロック立ち上げの一人で、ブチロックのオープニングで挨拶をした人。その方が、いい笑顔でわたしにこう言った。

「ちえぞうさんさぁ、なんか今日はさぁ、色んな点が線になって、その線が輪になって繋がった感じがするんだよなぁ」

いろんな悲しみは、わたしの想像をはるかに超える。寄り添うってなんだろう、って思う。簡単になんか使えない、寄り添うだなんて。でも、快活な笑顔を見た時に、あぁそういうお顔を見ることができた時に、ほんのちょっと。皆が寄り添ってこられたことなのかな、なんて思ったりする。この日はいわゆる音楽ファンも集まったけど、地元のお年を召した方も「にぎやかだなぁ」って外に出て来たと聞いた、会場でビール飲んで帰ったお父さんもいると聞いた。たった1日でもこんな日が作れたということはすごいことだと改めて思う。でもそんな日を作るために、自分の時間を削られたり色んなことを実行委員は犠牲にしてきただろう、何かを生み出すというのは相当のエネルギーや想定していない何かをすり減らしたり、でもその結果生まれた時間と空間というのは本当に素晴らしいものだった、と、わたしは思う。この日、しゃべってくれる人はちえぞうしかいないよ、って言われたことも、すごくすごく嬉しかったし、この日の全てを忘れることはありません。

漁港も工事に入るので、この場所もこれから変わっていく。その前に、この場所で音が鳴ってたくさんの人が集まったという事実は、消えることはない。

舞台監督&ちゃん里菜とお疲れちゃんでピース!

震災後にオープンした石巻のライブハウス・BLUE RESISTANCEを支えてきた、たかおくんともパチ(こうして見ると2人とも日焼けしてるな!笑)!

たぶん去年、いちばん現場で会ったかもね!?というのがこのお方・新宿ロフトのスタッフってのはもう違うんじゃないか!?ってくらい、ステージまわりの売れっ子ちゃんでございます。でも彼は本当にニコニコしてる人なので、会えると緊張がほどけるよね。そんなムードメイカーでもある人。今年もよろしくだぞ!

バカビリーさん from 北陸。毎年、収穫したお米の販売金額の1割を主に東北のために寄付を続ける。わたしも毎年、バカさんのお米が最初の新米になって早や何年かな。今シーズンもおいしくおいしく、いただきました(^^)バカさんもそうだし、色んな人にも会えたこの日。フェスが終わってマイク置いて、「おつかれさまー!」と最初にビールを持ってきてくれて「まんづまんづ(飲めや)!」と言ってくれたa.k.a 尿酸乃風もありがとう!今振り返っても、本当に幸せな素晴らしい1日です☆

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節分、東北。

瞬く間に新しい月にイン。日々変わらず生きておりますが、変わったことといえばたまにブログにも書いていたフランス語の学習にだいぶ進化が見られたことでしょうか。NHKの仏語ニュースがほぼ聞き取れるようになりビックリしているのですが、それは本当にYouTubeのおかげで、日本人が仏語で発信している動画を見ているうちになんかすごいスピードで理解できるようになっていったんですよね。ヘンな話、ブログ書いてる暇あったら仏語の勉強しようってくらい勉強してました。笑

そもそもネットとかあまり好きじゃないし頼ってなかったし、それこそ音楽のサブスクリプションだって否定派で、「バズる」とか何なの?みたいな人でしたが、ものすごくネット社会に助けられて自分の語学力が進化したことに、やっぱりネットはうまく使ってナンボだしそうして使わないとソンだなぁ、と。

だけども。

ネットが全てではない、やっぱり。人と会って、街に出て、会話して、見て、触れて。そうして得られる感覚も大事にしたい、うん、大事にしたい。

だって、ね!

ことの経緯はまた書くとしても、おととい・日曜。ここは幡ヶ谷・ラコスバー。

気づいたら岩手の人ばっかりじゃん!笑

ライブに行ってなかったらこんな夜にはならなかったんだよね。あー面白い!

で、そんな夜から明けて昨日はきのうで石巻から来た漁師とあんな話こんな話。そうだよね、漁師さんと接点持つなんて自分の中ではなかったことで、でも共通項として「音楽」というものがあって。音楽が素敵なご縁を築いてくれているということにも気づいたこの数日。

去年の夏、宮城県石巻市で行われたBUCHI ROCKのこともまだ書いてませんでした。漁師と話していろんな記憶が蘇ってきたので、明日書きますね。

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時代は変わる。

さてさてなんだか滞り気味ですが、年始早々楽しく生きております🎶

きのうは知人の家にお邪魔しましてもぐもぐ。人が作ったごはんって美味しいんだな♡

VHS世代がちゃんと手間をかけてDVDにして過去、録画した番組など見つつ大盛り上がり。画像の色が褪せてる感じなんかもまた良し、で。80年代の「(アイドルの)追っかけ」を特集した番組は面白かったなー、ラインナップの中に五木ひろしさんや栗田貫一さんが入ってくるところなんかも時代を感じるし、でも、たぶん80年代の追っかけと今の時代のアイドルファンも、根本って何も変わってないんだなーってのも思った。

崎陽軒のシューマイ弁当クッション。崎陽軒のオフィシャルで売っててびっくり!笑

日々の備忘で始めたブログではありますが、今、いろんなことを考えていて、少なくとも公開する必要もないのでは?とか思ったりしていて、実は非公開で書いていたりします。たぶんですが、このままだと自分が宙ぶらりんに物書きをしている感じがしてならないんですよね。第三者に見てもらうことを考えたらこんな書き方はしないだろう、とか、でも自分にとっての備忘だけなら公開する必要もないんでないか、と。しかしながら、それでもある一定のアクセスをいただいていることも事実で、わたしの生存確認(笑)をこのブログでしてくださっている方もおられるのだと。

ちょっとまだ結論は出ないのですが、変わる時代に、自分らしく自分ができることをしていきたいと思っています☆

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2020年ですか!

おはようございます!

あけましておめでとうございます!

わー、ついに来ましたねオリンピックイヤーが!!!

しかし多分、過去最長にブログを更新していないのではないか…昨年起こったことでまだ書けていないことを年末に書こうと思って、ライブハウス大作戦の忘年会にPCを持っていったものの結果まるで開く暇がなく、一度家に帰るはずがその足で韓国に行くことになりPCを持っていくハメになり(旅先で使用しないのに)、PCケースにつけていた盛岡・鴨富亭の富さんが「魔除けに」とくれたキーホルダー(ハンター富さんが使用した銃弾の薬莢で作成)が韓国出国時に保安検査に引っかかってもう泣く泣くの状況だったり(富さんにいい思い出話ができたってことで)、年末は幕張のCountDown Japanに行っていつメンといつも通り音にまみれ、年明けは新年の色々ともろもろが…で、なうであります。はい!

自分の備忘録の意味をなさないなこれじゃ、なるべく早く色々思い出しながら書き残したい!ぞ!と!

ではでは、わたしに関わる皆々さま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます!!!

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皆に幸あれ♡

きのうはサイダーガールのワンマンでした@O-EAST🎶

独自のバンド路線を行く感じで、自分たちのバンド道を行く感じが個人的には好き。でいて曲は「サイダーガールだよね!」って分かるポップ。年明けにリリースになるアルバムはそのポップさを極めた感がすごくします。きのうのライブでも3曲ばかり披露しておりましたが、ライブもすごく安定感を感じられて(演奏にもボーカルにも)、個人的にはその音のクオリティにもっとブレイクしても良いとは思っていた部分がライブでちょっと欠けてしまう、と思ったりもしていたのが正直なところで、きのうのライブは演奏的にもバッチリ!で、来年の飛躍がすごく感じられるライブでした。

と言いつつ、本人たちもやや落ち込んでしまう?くらいに機材のトラブル等(ベースのチューニングが、とか、ギターが入るタイミングが、とか)はありましたが、それはライブですもの、で、ライブでいかにリカバーできるかというのがライブであって。その部分もバッチリ!だったし来年のツアーが本当に楽しみであります。盛岡もWaveなんだよね、ハコが。おぉ行くかウエイブ!って感じで、この日は行こうかと思案中。ファイナル東京はぬぅあんと新木場コースト。「(この日のお客さんに)友達2人連れて来れば埋まる」って言ってたけど、ソールドしておかしくないと思う、個人的には。たぶん来年あたりさら〜っとCMソングとかになって耳に入って来そうな気がするんだよなぁ、炭酸飲料とかの(笑)!

ライブの終わりとか、何度か、「これからも、ライブハウスで会いましょう」って言っていたのが印象的で。ライブ終わりにそのことをメンバーに聞いたら、「やっぱり、そう思うんです本当に」って。大きい場所を目指したり高い場所を目指すとそういう発言は自然と出てこなくなったりしてそれが普通なんだけど、彼らはちゃんと足元を大事にしているというか。それもすごく好感。「じゃあまた、ライブハウスで!」って言って別れてきました(^^)

なんでこんな写真の写りになったのか(笑)?Ghost like girlfriend・岡林くんのライブも見に行ってきました♪

一言で言うと、彼の曲作りの能力というかセンスも本当に高いなと本当に思う。今ドキの子たちを寄せ付けてしまうような。隣の女子がぽろっと泣いてるのを見た時に、なんかドキドキしてしまった。彼の歌詞が若い子にはすうっと胸に響いているわけだ、わたしは彼の曲のセンスが最初すごいと思っていたけれど、歌詞の部分というのも確かに前にインタビューした時にフォーカスが当たった部分で。独特というか、面白い表現をするなぁというのは思っていたんですが、胸に響く部分というのをちゃんと持ってる歌詞だというのをお客さんを通して目の当たりにしたんですね。これは強い。改めてちゃんと聞いてみなくては、と思っています。

新メンバーを率いて4人でのライブ。やっぱり新しいメンバーでライブ中に「大丈夫かな?」と思う部分は正直あったのだけど、最終的には岡林くんの世界がちゃんと広がったかな、というのは年明けに配信でリリースされるという新曲がまた、キラキラしたとっても素敵な1曲だったから。アンコールで聞けたこの曲、とってもとっても良かった(^^)3月にはツアーをして、東京はキネマ倶楽部でのライブだと言う。きっと素敵な時間になると思う。何と言っても彼はまだ若い、これから、本当にこれからだものね。楽しみしかないです。

中盤、マイクに向かいながらしばし、両手を合わせていたのが印象的だったので、ライブ後に本人に聞いてみました。特段の意識はなかったそうですが、「ライブを始める前に気合い入れたりするアーティストさんっていたりするじゃないですか。あぁいう感じでステージに出たいなと思ったりはしていて」なんて言ってましたが、邪推だけども彼はこうしてお客さんの前に立てていることをとてもありがたいと思えたあの日のライブだったのではないかな、と個人的には思います。

たとえアーティストでも、何もない人なんていない。みんな悩んで、みんないろんなことに向き合ってステージに立っているんだな、と。なぜか今週は2つのライブを見ながら、そんなことを思ってました。というか、勝手に思わされてました。でも、そんな2組とも楽しみしかないですね、本当に。そしてふと、去年シアトルで一人泊まったホテルでの光景が思い出されてぶわっと涙が出てしまいました。

その時のことを書いたかな?と思ったら書いてなかったみたいなので。「シアトルはちえさん一人なのでいいホテルにしてくださいよ、その後行くニューヨークではわたしの部屋に泊まれる分贅沢しちゃってください!」ってマツオ嬢に言われたことで、ありがたく思い切ってハイアットに泊まりました。チェックインしたらグレードも上げてくれた上に朝食のサービスまでつけてくれて(ウェブで申し込んだ時はなかった)、対応してくださった女性が早口で時折聞き取れなかったけど(で、聞き返すこともできなかったけど、笑)、とにかく良き感じでこんなこともあるんだなぁと優雅にステイしました。と言いつつ食事はパイクプレイスマーケットで買い込んだ食料でお部屋で、でしたけど。いいホテルってやっぱ最高すぎだな〜とのんびりしながら、広いお風呂で湯船に浸かろう、と。浸かってる間は部屋に少し蒸気が行き渡るといいなとドアを開けっ放しで入りました。

バスローブなんか着ちゃって、ふぁ〜っとベッドにドーンと飛び込んだ窓からはシアトルの夜景。で、ん???

ガラスになんらかの文字が書かれてる?

窓に近づいてよーく見たら、

‘GOD ♡ YOU’

…たぶん、この部屋に前に宿泊した方が残していたんでしょう。ガラスが曇って浮かび上がってきた文字。

神はあなたを愛しています。日本語の直訳はどうしても地味だけど、ぷるぷる胸が震えました…思わずケータイで写真撮ろうと頑張ったんだけど、不思議なことにケータイには綺麗にその文字は写らない。粋すぎて、でも、この言葉が本当に救ってくれて。あの時の窓ガラスの文字、あの時の画がライブを見ながら不思議と思い出されて蘇ってきました。今週見た2組にもこの言葉を差し上げたい感じです、うん。そして改めて、自分にも。

窓ガラスの写真はないので、現存する神?のお写真を(誰かは申すまい)。みなさまにもおすそ分け、手を合わせるといいことあります(キリっ)!

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乳化🎶

さてさて。先日、ようやくこの方々のライブを見ることができました🎶

FIVE NEW OLD!

もうはっきり言って、伸び代しか感じられなかったです…!!!映像もシンクロさせながら進んでいくライブに、WATARUさんのギターの師匠・レベッカ是永さんも入って2曲演奏するのが前半にあったのだけど、大御所のギターカッティングが彼らの今の音に見事なまでに噛み合っていて鳴る音が昇華していく。是永さんのギターだけ浮いてしまうなんてことはこれっぽっちもなくて、若くて綺麗なお姉さん系がお客さんは多かったけど(それも◉)そんなお客さんを沸かせてました!

もう少し、ライブは音が貧弱かもしれないなぁなんて実は勝手に想像してました。確かにバンドは10年と言っていても、大きなステージで大丈夫なのかな、なんて思ってました。でも、全然、もう、全然!もっと大きなところに行っても全然大丈夫だね、ってくらい音とかバンドサウンドは安定してたし、客層も普段のライブハウスとは違う層をつかんでるのも何ともいいなぁって思ったし、あとはHIROSHIさんのMCも。自分の言葉をちゃんと持ってて、いいなぁって感じでした。「東京に出て来た時に、(この日のライブ会場・EXシアターのことを)こんなに大きい会場があるんだ〜なんてバスから見ていた」なんて話とか、ちゃんと自分の内面から出る話をしてる。あ、「落語友達」って単語が出たんだけど、どのバンドマンのことだっけ(ダメだなぁ備忘のためのブログなのにそういうとこ忘れるから!笑)?

そういう意味では、ニューアルバムのタイトル『Emulsification』が、まさに。日本語では乳化、という単語になりますが。そのことについて、ゲストにお迎えした時にHIROSHIさんがおっしゃっていたことをそのままメモ。「パスタやマヨネーズ、ドレッシングを作る時に水と油、本来混ざらないものをグーっとかき混ぜることによって1つに共存してうまみを引き立たせる。割と聞きなじみない言葉に思えるけど、(乳化は)生活の中に潜んでいる。Emulsificationというタイトルにしたのは、バンドを10年やってきて、一度このアルバムを出すタイミングで自分たちが何をやって来たか振り返ろう、となった時、パンクバンドからスタートして、今みたいなグルーブを大事にする音楽をやっている、というところで一見すると相反したこと、矛盾したことをやっているなと。FIVE NEW OLDというバンド名自体、‘new’と‘old’があるし。その相反するものを共存する術みたいなものを、音楽で探求していたのではないか?って思った。そんな話をしていたら、ベース(=SHUNさん)が、「それって、乳化じゃない?」って」

実際にこのお話に近いことをライブのMCでもお話ししていて、ライブ後に「昔パンクやってたなんて知らなかったねー」って話してたお客さんがいたし、なんというか、これまでの活動すべてを否定せず受け入れて今、彼らが鳴らしたい音を出してライブをしている感じはとても清々しくて良きものでした。WATARUさんも「(ニューアルバムに)いろんなアーティストに参加してもらったり、自分たちの音楽と他のアーティストの音楽性が混ざり合って、そこも‘乳化’して曲ができたりした。けっこう面白い感じで混ざり合ったと思う」と語ってて、なんだか本当に「乳化」という単語がすごくマッチしていてしすぎている感じしかないですね、だし、彼らのバンドや音楽に限らず「乳化」ということは我々の生活においても必要、というかむしろ、気づいてないだけで日常にさらっと同居していることなのかもしれないなぁ、なんて思ったりもします。そう考えると彼らの感性のようなものも、すごくすごく面白いな、と(^^)

「題材は、半径3メートル以内にある」っていう宮崎駿さんのお言葉を大切に日々の暮らしを大切に。彼らのトークがポッドキャストQRでお楽しみいただけますので、ぜひに聞いてみてくださいね🎶

パンクから、今の音楽性にシフトしていったのは4年くらい前、と。「バンドのスタートとしてパンクはあるけど、音楽に没頭してもっと音楽的なことを表現したい」…母親や祖母に聞かされていたというモータウンやジャズが織り混ざって自分たちなりの音を出しはじめたのは2015年頃。包み隠さず自分たちのこともきちんとお話ができる好青年たちの今後が本当に楽しみです。ライブ終わり、クリスマスムードただよう六本木の街がより華やかに見えたのはライブの後だったせいですね☆

そういえば文化放送を出られる時に、「実はアルバムのジャケットも本当に水と油を混ぜる感じで、乳化させて作っているんですよ」…どこまでそのこだわり!?ということでアルバムを手にして聞いてみてください、キラキラしたこの時期にもピッタリな1枚かなぁと思います。そしてアルバムを聞くと、‘パンク’というワードがちょっと分かる秘密が…(^^)

この前、ようやく買えたー!ミスドのピカチュウ、クリスマスにもいい感じ(左のほっぺが取れてるのに気づいたのは食べる時だった…)!!

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怒涛のイバラキ3Days🎶

今年も昨年に引き続きまして、お世話になりました!

常用藝文センターで開催された、三上建築事務所が主催のクリスマスパーティ。建築事務所としての1年間の活動ご報告の後に、クラシックコンサートと今年は講談師・宝井琴調さんの講談が。この司会というのがまた…そう、わたしにとっては畑違いと言っていい。緊張もこの上ないのだけど、でも畑違いだからこそ、クラシックの曲紹介とかすごく憧れるし美しくおしゃべりをやってみたいと思うのも事実だし、そんなわけでとっても貴重な機会なのであります。この日ももう本番になったらドキドキが収まらなくなってしまい、でも音が鳴り始めると、自分の気持ちも落ち着いてくるのが分かる。前半にちょっと噛んでいたのはどこへやら。音の力ってすごい。

ちなみにこのホールもちゃんと反響板が整備されているので(これはリハーサル前の写真)、音も綺麗に響くホールなんですね、こちらは。今年は、ピアノ+ヴァイオリン+チェロ、入れ替わりでソロがあったりしながらの約45分。クリスマスのホリデーシーズンにぴったりな選曲を聞かせていただいた感じがしました。

かたや講談は初体験!講談といえば神田松之丞さんが大人気ですが、この日のステージに上がられた宝井琴調もすごい、もうものすごい方でして。何がすごいってまさに話芸…講談とか縁がないと思ってました、わからないものだろうと思ってました。でもそんな思い込みというのが一番良くないですね。何よりすごくすごく、面白かった!人の人情みたいなものを描いているのが伝わって最後、ジーンとした…で、はて?と思い今、「落語 講談」と検索エンジンに入力したらすぐ「違い」ってワードも出てきた(笑)。やっぱりね、そうだよね!ということで某サイトによると、講談が時代劇の元になっていたりとか(つまりはテレビの時代になった時に、講談師が話していた話を元にしている)、確かに琴調さんは机(=釈台と言うそうです)があって、その釈台も扇子などと一緒に巧みに使って音を出したりしつつ話しておられた。これ、元々は講談師は本をこの上に置いてお話をされていた名残なんですね。今でこそ何も見ずに淀みなくお話をされておられますが。すごい話芸です、本当に。目の当たりにしてすっかり夢中になってしまいました。

あっという間のお時間、大人のみなさんに音とお話のプレゼント。素晴らしい時間に立ち会わせていただき幸せでした(^^)そんなお時間の前には、早起きしてコチラへ!

そうです、今年も「ことぶきや」GO!エナジーチャージ!!11時半オープンのお店でわたしがこの写真を撮ったのが11時40分頃か。よしよし、待ちのお客さんもいない…と思ったら、中はもう満席&中でお待ちの席はいっぱい(~_~;)さすがの人気店!!!

去年はお店の一押し、つけ麺を食べたので今年は、

ラーメンでイエイ♪

どうですかこのお肉たち、エナジーチャージの意味も分かろうというものでしょう。この見た目にも違う2種類の肉の味わいが全然、もう全然違ってどちらも美味!なのですYO!本当に「近所になくて良かった」っていう最大限の賛辞を、このお店には送ります(笑)。石巻での幡ヶ谷再生大学での活動で知り合ったご夫婦が、2人だけで完璧なオペレーションをするのもこれまた美しいお店であります。間違いなくここは遠方から行く価値ありまっせ!

そ・れ・と!

そうだそうだ、と当日思い出した。アナウンススクール的なところの同期・青木さんがこの局でレギュラーを務めてもう10年は軽く超えるはず。毎週(金)の朝〜昼の長時間番組を担当しているのを思い出し、サテライトスタジオに行ってみた!の巻。

すぐ気づく青木さん、ちょうどレポーターの女性と電話でしゃべっている時にあたふたしながら「ごめん、ちょっと今スタジオ前に知り合いが来てさ」なんて言うのも生放送のサテライトスタジオならでは、だよね。サテライト、やっぱりいいなぁ。窓越しでしか会えなかったけど青木さんのいい声も聞けたしラジオって、生放送ってやっぱりいいなぁと思ったし(^^)

あけて翌日。水戸の料亭へ。赤穂浪士討ち入りの日に、47人が集まって華麗に集うの巻。こちらもいろんなご縁ができて、何よりとにかく楽しかった!自分とは接点が持てなそうな方とかも知り合えたし、色んな業種の方でお酒を酌み交わした夜。ちなみにお酒は「稲里」…ひたちなかのROCK IN JAPANに行く方ならおなじみですね、日本酒どーんと樽で出しててマス持ってお代わり行くと安くしてくれるブースです(笑)、で、そんな稲里が日本酒の品評会で金賞を受賞したという一品。贅沢に飲みつつ、この日はソムリエの方も来ておられてワインもあれやこれやと。美味しい料亭の料理に舌鼓を打ちながら、あっという間のお時間。

47人のうち半分以上が二次会へ。最高な会でした。二次会のお店もまた素敵で、お店だけ晒しておきます。中に入るとまた感動します、そんな建物の中に初めて入ると正直なところ無粋な店主がおりますが(って書けるくらいに最後は話してきたから!笑)、お店で出すものにこだわりこだわり、手を抜かない料理人の矜持が見える方で今度ゆっくり、ちゃんと食事も食べに来ますねと約束をしたのでした。水戸に行く機会があれば、間違いなくこちらオススメします!!!

楽しかった、ただ楽しかった。そんな集まった皆さんの写真は一切ナシですみません、内緒なんで!笑

一人だけ晒すとすれば、47人の会の集まり・世話役のナイちゃん。

ナイちゃんと知り合ったのも、幡ヶ谷再生大学での活動だね。常総市の川が氾濫した時でした。なんかちょっと怖そうというか昔、絶対ヤンチャだった人だよね?みたいな印象だったんだけど、人にバイアスをかけて見ることはなくて人「そのもの」を見る人。「ちえぞうとは昔からの知り合いみたいだよな」って言うし今やわたしもそう思うくらいなんだけど、でも親しくあれやこれやと会ってるのは最近っちゃ最近で。そんなナイちゃん家にお世話になりゆっくりと楽しんだ日々でした。奥様がまた素敵な美人でねこれが、で、美人なのに全然気さくで、ナイちゃん家に到着してまず乾杯するというね(笑)。

茨城ってセイコーマートがあるということにもびっくり!!!最高!!!

高速のサービスエリアに焼肉トラジが入っていたのだけど、さすが茨城クオリティ。納豆のせの焼肉丼がありました!

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いわて酒物語2019🎶

さてさて、もういつの話やねん!?ってツッコミはナシでお願いします!笑

毎年、いしがきミュージックフェスの前に東京・池袋で開催されるコチラ。あれから1年って早いですね、って酒造組合の方々との話も早々に準備に取り掛かるの巻。

今年から会場を変えて、池袋サンシャインビル58Fに位置するコチラ。クルーズクルーズという場所での開催となりました。日中、ちょっと曇っていて夜の眺望はどうかな…という感じだったのですが、

こんな感じ!って写真に収めても綺麗には写らないけど、「おぉお〜!」。
注)モデル;元さん(あづまみね)。昔はこうやって写真を撮っても絵になったらしく、過去の栄光を見せてもらった…以下、ノーコメント。

ということで、天候には恵まれた方だったと思います。夜景を見下ろす場所にて岩手の日本酒をとことん、かつ岩手の恵みを使ったお料理を楽しめる。今回は初めての横長の会場になってしまい、端のお席になった方は端の酒蔵までたどり着くのが大変だったかと思います。レイアウトは今後、再考の余地があるとしても、これまでにない取り組みというのもあって。

残念ながら写真がないのですが、まずは千葉麻里恵さんが提案するお料理と日本酒のペアリングを楽しむコーナー。「千葉さんは来ないのですか?」との質問もいくつか頂くくらい、日本酒と言えばこの方というくらい。わたしもお目にかかってみたいし千葉さんのお店に行って見たいと思っているんですけどまだチャンスがない。今回、学んだこととしては口内(口中とも言う)調味という言葉かな。食べ物の味わいが残る中で日本酒をくいっと。口の中で広がる味わいを楽しむというものですね(あくまでわたしの解釈です)。千葉さんのお料理はまさにそのサジェスチョン、わたしは運営側なので千葉さんのお料理の試食も遠慮しますし、改めて、近いうちに千葉さんのお店に行ってみたいです!

それと、漆の酒器で日本酒を味わうというコーナー。ブースを担当してくださった女性は、自分の「マイ酒器」を持ち歩いておられて、それでお店で飲んでいるんだそう。小さな巾着に入ったお猪口を持ち歩いてお店でも使う。自分の使い慣れた酒器がもう基準として持てるというのは良いことだと思います。お店で酒器を選ぶ楽しさというのは確かにあるし、薄口できりっと飲みたい時とか厚めの酒器でがぷっと飲みたい時もあるし、そういうのも楽しいんだけど、漆の酒器は自分の感覚ではすごく口当たりが柔らかくなる感じがしたんですね。不思議と、そんな感じがして熱燗も冷やでもイケるなと。面白い体験をさせてもらいました(^^)

昨年に続いてご列席くださったスペシャルゲスト・映画監督の大友啓史さんと!

そうなんです昨年のこの会で、「言いたいけど、まだ言えない」と言いつつも岩手のみなさんに楽しみにしていてほしい、といったようなご挨拶をされていたんですね。そ・れ・が、これだ!!

もう予告の冒頭からウルウルしちゃう。大友監督が昨年、この会でご挨拶をされた前後、ツイッターとかで「綾野剛が盛岡にいる?」的な目撃情報があったのですが、これだったんですね…!

芥川賞を受賞した沼田真佑さんの『影裏』でございます。映画化でございます!で、わたしもこの本は読んだのですが、映像化されるほうがもしかすると登場人物の心理に入りやすいかもしれない…と思います。個人的にはこの本を読んだ時にいろんな想像力がないと難しいかもと思っていました。

なぜこの本を読んだかと言うと、物語の舞台が岩手だからです。で、作品では酒を酌み交わし語り合う部分も出てくるのですが、映画の公開に向けて岩手の酒蔵・南部美人 こーすけ&わしの尾がコラボ日本酒の展開も始めたりしていて、いやホント映画の公開がたのしみすぎる!だし、いつか大友監督とお仕事できるように頑張ります(キリっ!)!

そして今年も華が来てくれました、華が!!ミス酒・準グランプリ、とみたりかさん!このお着物も自分ひとりで着こなしておられ、「すみません…帯がちょっと曲がっているので直していただけますか?」と。もう必死よこっち(汗)、日本美人は違うなぁ、浴衣を買った一時期、着付けを覚えようと思ったのにあのまんまだわぁ…なんか惨めになる、今こうして書きながらも惨めな気持ちが襲ってくる…あとわたしの場合、首が短いのも致命的なんだよなぁ…もうやめよう、自分の卑下。笑

ということでとみたさんもお客様に素敵なメッセージを発信してくださり、日本酒文化が衰退していると言われている昨今、日本酒の飲み方だったり(和食との組み合わせでもっと楽しむいう意味での)とか、日本酒の醸造も変わってアレンジ酒もだいぶ増えてきているし、なんかそういう、酒=酔っぱらう、というものではない楽しみ方みたいなもの(それこそ千葉麻里恵さんも提案している口内調味とか)を自分としても取り入れてみたいな、なんて思いますね。そんな意味で振り返って、今年はいつも以上に有意義であり考えさせられ、そして来年のこの会、ひいては日本酒の未来に繋がる会になったかなぁ、なんて思っています。

おつかれさまでした!!!

とにかくこの日は楽しかったってのを表す1枚かな?テーブルの飲み物はこぼすはここには書けないような話で爆笑しつつ、会が終了しておつかれ様会の後、終電までの間は元さんが率いて池袋の名店を案内してくれた…めっちゃうま、めっちゃうま!!!残念ながら30分程度の滞在になってしまったので(酒蔵の皆さんはこの日泊まりだからあの後もゆっくり飲んだんだろうけどさーぶーぶーぶー)、今度リベンジしたらレポしますね🎶

いわて酒物語、今年もありがとうございましたー(^^)!!!

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