俺は音楽をちゃんと届けたいから

気づけばこのイベントも毎月1回、ちゃんと開催して来ているのがすごすぎる…!

新宿LOFTがこの日はノーチャージで入れる。さすがLOFT、ちゃんとライブも楽しめる上に総計15組いるって何(爆)!?今年は最後の開催となりましたが、来年も継続して開催されるので詳細の説明はしません、気になる方は来てください!

ということで、続けていればこんな景色が見られるのか…というとんでもない人だかりでした。年末ということや看板に書いている通りで“最鋭輝決起集会”の日でもあったのはあるけど、でも続けていた賜物なのだろうと思わずにはいられませんでした。

最近は毎月「ご当地メニュー」なるものを用意していて、今月は宮城!ということでまさかの定義あげがあって最高でした(^^)&白石うーめんも。SHONマスターがこの日も腕を振るって最終的にはオールフードがソールドアウトしていたかと!

そしてこちらももはや毎月のレギュラー・白鶴酒造がハッピーアワー時は300円で飲めます(驚)!昨日はSHONさんオススメの飲み?方としてカステラも一緒にご提供が。“お酒に浸して食べてもよし”とのことでトライしてみたのですが、まさかの◎!

年明けに自身として初めてとなる渋谷クアトロ公演が控える最輝鋭(モッキー)さん。そんなモッキーさんの人柄に惚れて応援し続けるLOFT店長・やなモン。“最終的には人柄でしょう”、もちろん音楽性が色んなものを凌駕することもあるしそれが全てではないけど、でも。人柄で出来ることや達成できることってあるのかな、って。こんな時代でも信じていけるようになった、いくらAIやらテクノロジーが表現を出来る時代になったとて。それもこれも、やなモンに出会ったおかげ。“俺は音楽をただ伝えるんじゃなくて、ちゃんと届けたい”って、その言葉の意味も噛み砕くと熱い。ちゃんと届けられるのは、人と人がちゃんと向き合って伝え合うから、届くのかもしれないなと。

お酒のサーブで忙しそうな時もあったやなモンを激写。この後はお客さんと一緒に飲んで久しぶりにだいぶ出来上がっているやなモンを見ました(爆)。最高ですね!

ちなみに今、発売中の雑誌「Bollocks」の裏表紙はなんとモッキー(表紙は人間椅子)!そして中のインタビューはわたくし担当しておりますのでぜひ読むべし!!

この日の司会も柳沼とうさん。“俺らは柳沼一派なんで” by やなモン

“やりたいことをやらなきゃダメだよ、そのためには喧嘩しようとも会社を辞めようとも”…それぐらいの気持ちで、やりたいことに突き進めというメッセージ。いざという時には俺がちゃんと、っていう優しさもある皆のおとうさん。せんべろのスタートでいつもカラオケを歌ってるただのオジサマではない(笑)、熱いものと優しさが同居するハートの持ち主。知り合えて本当にわたしも幸せ者です!

そしてLOFTスタッフでもある、カミコーの歌のレベルが上手くなっていた件!

PAさんはまさかのわたくし大好き工藤くんだった件!

例によって終電ギリまで飲んで、名残惜しく帰る前に1枚。年齢を重ねる中で、今までにない悩みなんかも出て来たりするけど、それは皆いっしょなんだよね。こうして飲んで話してワイワイ出来る場所が関東でも出来て本当に嬉しかったです。帰り道は口角が上がりっぱなしでした☆

さてそんな新宿LOFTは来年50周年のアニバーサリーイヤーに突入!去年はこちらのイベントを開催しましたが、今年も1つ考えていたことも来年に持ち越して色々と目論んでおります!楽しみにしていてください(^^)さぁ、やることいっぱいだぞー!!!

…と今でこそ気力で溢れてますが、実は先月末に歩けないぐらいの腹痛で。人生初のCTスキャンに点滴を打ったりまでしながら色んな検査をしてもらいました。個人的には年齢のこともあって婦人科の方かと思い婦人科も診てもらったのですが結果として結論から書くと、この年齢で何だよ!って感じなのですが、お通じが…あくまで個人の備忘なので書いておきます。

せんべろから明けて今日、再び病院で先生と対峙しまして“あの日から見違えるようですね”と。全くお恥ずかしい話なのですが、でもしばらくの日々は本当に腹痛で地獄のようで、考えることもネガティブになる。そんなことがあったからこそ、やなモンたちの話は本当に今の自分に響くものばかりでした。たとえ酔っ払いの戯言だとしても。

やりたいこと、やらなきゃダメだよ、ってさ!!

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#暮れの元気なご挨拶行脚

と題して、今年お世話になった方々の一部を周り一部の方々と飲めや歌えや楽しんで参りました🎶

なんてこともちゃんと書きたいのですが、いやそもそもブログを更新しなさすぎだろ…これ、ここ数年の自分の問題でもあったんです。自分の備忘録なのだから自分が書かないでどうすると、ただでさえ縮む脳内の記憶に留めるなんて不可能に近いからこそ残すべきだと。

でも本当にこれは嬉しいことなのですが、本当に今年もインタビューを多く担当させていただく機会に恵まれ、自分のことを記すほどの時間と余裕が正直、なかったです。ちょっと早いですが来年はもう少し、時間の使い方を考えようとは思っていますが。でもiPhoneを替えたところまぁ機能がすごいことになっていて、録音したデータをすぐ文字起こししてくれる(しかも中々の精度!)、これがもう本当にありがたい。文明開花の音がしておりましてですね、やっぱりテクノロジーは使ってソンがないと思わざるを得ません。テクノロジーが今後、わたしをブログに向かわせてくれることでしょう。

それと寝る前にぼんやり考えたんですよね、昨日。

トーキョータナカさんから大量の玉津みかんが届きました。玉津って聞いたことはあるけどどんな場所だったのかな…と調べたら、2018年の西日本豪雨で大変な被害を負った土地でした。

届いたみかんは甘味と酸味のバランスが素晴らしく、届いたそばから3個食べてしまったほど美味でした。

SNSではタナカさんから届いたみかんがいろんな形で発信されている。

今はこうして実がなる玉津のみかんだけど、大変な災害があっていろいろを乗り越えてきたからみかんが届けられる事実。そして、忘れることもなければこうして皆にみかんを贈ることで支援をし続けているということ。

改めて、すごいなぁ。オオカミさんみたいな動きはわたしは何ひとつ出来ないけれど、でも。自分なりに受け取って、自分なりにちょっと動いたり出来たこと。ちゃんと残しておかなくちゃ、と思った。これからも色んな人(および究極の生命体など)と色んなことをしていくために。

タナカさんに声をかけていただき『GAPPA ROCKS ISHIKAWA』でマイクを持たせていただいた今年のゴールデンウイーク。あの後も2回、合計3回も今年は石川県に行くとは。

こちらが最新・11月の三連休に和倉温泉に行った時です。行ったことはないけど有名な加賀屋近くです。復興はまだだいぶ遠くにあると感じます。

街はまだ至るところにこうした道路の崩れも散見します。ちょっとした段差ですが、この段差もちょっとお年を召すと大変だろうと思います。色んなことに何もかもが回っていない印象でした。このまままた、2度目の冬がやって来ている。

能登のこと、あくまでわたし目線ですが、またちゃんと残します。

エイベックスの同期たちと何年かぶりに会いました、3年は経っているみたいですが相変わらずで大笑いして帰って来ました。串カツ田中のチンチロ(というシステム/については割愛)でまさかの文字ビンゴを出してしまい“こういうとこで運を使っちゃうんだよな…”と落ち込む姿w

来年は彼らともいよいよお仕事をする時がありそうな気がします。やりましょう、悔いなく出来ることを、来年はやりますぞ(^^)!

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いしがきミュージックフェスティバル2024

さて。今年の「いしがきミュージックフェスティバル」がもう今週末になりました。

今年はたくさんのフェスに行った思い出があるのでちゃんとそちらも記しますが、と言いつつもコチラに色んなことを書いていたりしてもいるので、と宣伝的な言い訳なんぞしたところで考えるところ…

色んなことって、本当に繋がっているのだなと思う日々です。わたしのフェスMCデビューとしてはFM栃木でおしゃべりをしていた時にスタートした「ベリテンライブ」ではあるのですが、今そして今年の全てに至る原点は、やっぱり。盛岡の、いしがきなんだなと。

そんな、いしがきが。今週末です。

こうして出演者のメンツを見ると色んなことを思い出してきます。前回いしがきでのSHADOWSライブがあって今回の景色とか、FOMAREもここから今年のFIGHT BACKにも繋がってるなぁとか。キュウソネコカミの破壊力はやっぱりいしがきでもすごかったなとか。

これが確かキュウソのライブの時に後ろから撮った写真だと思うのだけど、違ったらごめんなさい。週末の昼下がり、こうして盛岡の街ナカの公園にたくさんの人が集まる。

毎年続いてきたことは奇跡のようなものなのかもしれないなと思ったりするけど、でも確かに人の手で作ってきたのも事実であって。

こうして全ての会場が無料で行われてきたいしがき、今年からこの公園エリアは有料になります。でもかつてのいしがきも、この公園ステージが有料だった時がありました。全会場を無料で開催すると決めた話を聞いた時、そんなのは難しいし続かないと思った。でも10年以上の年月、コロナで出来なかった年はあれど、全会場無料での開催を貫いてきた。

本当にすごいことだと思います。ただただそう思うから、今年から有料になることも全然やむなしだと思うし、全ての皆さんの意見が見えるわけではないSNSでも反対意見があまり見受けられなかった(わたしフィルターではあるけれど)のも。

おおよその方は、わかってくれているんだなと思いました(皆に理解してもらう必要はないしどだい無理な話なのでそんなことは求めません)。

運営を担う人たちからはここ最近、一度たりとも泣き言や文句なんかを聞いたことがない。単に純粋な思いだけなんだよね、いしがきにあるのは。

昔は賑わっていた公園の賑わいを1日でも、街ナカに笑顔が溢れる日を。っていう。

無料でやっている意義があったからこそ、有料化は本当に本当に苦渋の決断だったと思う。それは痛いほど分かる。でも、有料にはなるけど続ける、その意義そして意味を。考えてみると、やっぱり。

わたしはずーっとやってきているこの人たちがやっている、いしがきに行かないわけにはいかない。

さて。今年はどんな景色が見られるのだろう。ね

やっぱり去年の写真も笑ってるな(わたしは著作権フリーですんでw友達が撮ってくれた写真です)。そう、やっぱりいしがきで見られる景色はやっぱり尊い。ライブハウスの延長みたいな光景も含めて。だってここ、公園だからね。何度も言うけども。

そして公園だけでなく今年も盛岡の街ナカには(公園のステージ含めて)全10ステージ。街ナカを歩きながら、ふらっといい音楽に出会えたりする。もしかして近所の知り合いがステージに立っていたりもする。あぁ、音楽って良いなって楽器を始める人たちが出てきたりする。いや、音楽だけじゃなくても良くて、街ナカで何かするのって楽しいなとか“人が集まる場所ってやっぱりすげーパワーがあるな”って感じたりとか。いしがきの2回目から関わらせてもらっている(厳密には1回目も関わってるけど→フリマ会場があってフリマ出店したんだよね、そうやっていしがきも変遷を経てるのだよ)わたしでも毎年毎年、新しい何かを感じています。

今年はどんなわくわくが待ってるだろうか(^^)

公園近くにある肴町ステージはアーケードの中にあります。去年はこんなふうに大きなのぼりが(レギュラーと言っていい、口笛おじさんライブは必見です)!

Ken Bandジュンさんと。去年のトリを飾ったKen Bandのライブで驚いたり、何を言ってるんだろうと思った方もいるのだろうなと思う、最後の花火の後にステージから見えるお客さんの表情も不思議そうだったから。

あの時わたしが言葉を紡ぐべきかと思いながらも言葉にはしませんでした。逡巡がありました、最後のアナウンスは時間なんて自由なので(笑)自分がいくら喋っても問題ないなと思ったけど…

自分の中では、大丈夫だと思ったし言葉にするのも野暮だなと思いました。Ken Bandが示していたことは今後にちゃんとストーリーとして見えるはず、いや、見せてくれるであろう、と。それが今年5月に行われたFIGHT BACKだということで。それが全てですね。もし今も「?」と思う方がいたら、今年の会場でわたしに声をかけてください(笑)。ここに書くのも野暮なこと、だから。

ただ1つ。ストーリーはちゃんと、つながっていく。

みんな大好きQさんも今年もいしがきやって来ますよん🎶2度目の武道館公演を終えたばかりのフラカンが盛岡にすぐやって来ます、嬉しいことです(^^)

この辺の写真がいささか記憶がないのですが(笑)そうそう、最終的に打ち上げの何次会かはクラブチェンジのオフィスだった(爆)。セッチュー千葉さん(右)が珍しく酔っ払ってて、いい1日だったんだな〜と思ったことも思い出した。左の高取パイセンもこの写真は通常営業ですね(猛爆)。貼りませんが、写真のフォルダにはこの後ラーメンの写真が出てきて、あ〜そこまで行ってたかと記憶が蘇って来ました(恥)。もうやめれ、締めのラーメン(戒め)。

去年はthe band apartがいしがきのステージに立ちました。ケセン…と思ってしまう、ステージも何もかも違うのに。でも、本当に本当にこれも嬉しかったこと。つながってる、よね。夕暮れに差し掛かる前のバンアパの音が盛岡の公園に響く、美しかったです。それを受けての四星球はリハから素晴らしかったしね、そしてバトンタッチのSHADOWSと。あぁ色々と思い出してきた!

続けるために同じことをやっているだけだと現状維持にもならないんだと。うーんもっと良い言い回しで賢人?が言ってたんだけどな。続けるということは、チャレンジや痛みも伴う。いしがきのようなイベントでもそういうことだし、いしがきを通して見せてもらっているなと思います。

さて今年はどんな記念撮影が出来るかな。いしがきをやってる人たちがいる盛岡、本当にわたしが誇る街!

ジュンもいます(^^)

では皆さま、9/28(日)に盛岡でお会いしましょうね🎶

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タイムフライズ

怒涛のアメリカ1人旅から、マツオ嬢と現地で合流してラスベガスのSphereに行けた…という感動秘話を書く間もなく新年度に突入。しかも気づけばもう4月も後半。マジかよ。桜も散ったっちゅーねん!おい!

SNSで流れてきたHawaiian6のツアータイトル(かな?)が「TIME FLIES」だったのを見て、本当にやるせなくなってしまった。しかし本当に最近、時間に負けてるよなぁと思ってた。あれもこれもやりたいことがいっぱいあって、本当に追いついてない。なさけない。

そんな中でも、日々はつづく。

横浜の中華街なんてもう何度も行ってるし、何なら馴染みのお店だってあるし。そんなわけで新年度のご挨拶も兼ねておかあさんのお店に顔を出そうと向かう道すがら。

レゴでできた中華街。こんな展示があったなんて全く気づかなかった、今の今まで。製作年は2005年だった。

わたしは大学のほぼ4年間をレゴ社のアルバイトで過ごした。ゴディバの学生アルバイトに応募したらまんまと落ちてしまい、ちっどーせ顔だろ!顔!ってやさぐれた話を英会話学校でしたら(そうなのだ恩師に薦められブリティッシュ・カウンシルに通っていたのだ)、捨てる神あれば拾う神あり、と申すべきか。同じクラスにレゴ社の方がいて、“ウチも学生バイト、募集してるよ!”…めでたく決まったアルバイト。朝はロッテリアに行って、学校行って、週末はレゴ社のバイトがはじまった。続けるには英会話学校のお金も自分で工面しないといけないしね。

レゴ社のアルバイトでの経験が自分を作ってくれたとつくづく思う。中華街で出会った作品を見て、ぽろぽろと涙が止まらなくなってしまった。この作品のビルダーさんこそ、わたしが大好きだった方だ。何度か工房にもお邪魔をさせてもらった、この方の作品であれば。わたしが持っているレゴを有効に素敵に使っていただけると思った。

話が前後するのだけど、バイトを通して良い成績を収めた時(つまりは店舗での売り上げが良かったとき)、ご褒美としてレゴをもらっていた。確実にその当時でもレアな、いわゆる“廃盤”モデルのものを。それが高じていろんな昔のレゴを探しまくった、意外に地方のおもちゃ屋さんにぽつんと飾ってあったりして日本でも買えたけど、時ちょうどネット社会が始まって、世界のコレクターが出しているオークションで手に入れたり、何ならアメリカには何度か買いに出かけた。そんなわけで「なんでも鑑定団」にも出たことがあるのだけど。笑笑

話を戻して、この作品のビルダーさんとメールのやり取りをして。具体的に譲るブツを持っていく日取りのやり取りをしている中で、ぷっつりと返事が来なくなった。お忙しいんだろうな…と思っている中で月日は流れ、亡くなったとうかがった。それが去年、カミングコウベに行った時に大阪で聞いた話だった。

(大阪のパルコで☆)

そんなわけで譲ろうとしていたレゴは今も我が家の押し入れの中にある。もう誰にも譲らないだろう。

そんな方が作った、レゴブロックで出来た中華街。ブロックのパーツだけで表情まで見えるようにモデリングできるビルダーさんはそうおられない。素晴らしい、本当に素晴らしい作品だった。

レゴ社のアルバイトとして派遣されたのは二子玉川の高島屋。わたしが学生だなんてことはお構いなしに“今の坪単価はこれぐらいだから、ここからもう少し金額を上げていこう”…つ?ぼ?単価って何?あのいい意味での高島屋のスパルタさは今思うとありがたい。もちろん結果は出したし、トップ20圏内には入っていた売り上げランキングもまさかのトップ3に入るまでになったことは前も拙ブログで自慢したはずなので(笑)。新宿高島屋のオープン時はオープニングスタッフに選んでいただき店舗作りを任せていただいたことも忘れることはありません。

天国でもレゴを使って作品を作っていますか。違う世界できっとまた、素敵な作品を見せていただけるのを楽しみにしています。

学生バイトといえばもう1つ。日本テレビのアルバイトを3年生の頃から始めました。親戚宅を出て初めての1人暮らしのタイミングで、少しだけ都心に近い場所に住み始めた時に。伴ってロッテリアのバイトは辞めて、「ズームイン!!朝!」という番組でのバイトは、まだバブルの名残りでタクシー出勤する早朝バイト。それが終わって学校に行って授業中に寝て、レゴのバイトは週末だけでなく平日でも夕方から行ってくれる?みたいな時も増えていて、ある意味いちばん裕福だったかもしれない(笑)。し、今もマジで夢にうなされて起きることがある、大学を卒業できなかったという夢で。爆爆

からっきし大学の勉強はダメでした、追試の追試でなんとか卒業できたようなものだし。留年が多すぎて社会問題にもなった教授の単位がどうしても取れず、だったのですがその社会問題があった翌年だったからこそ、大学がだいぶ甘い温情を下してくれたから卒業できたと今でも思ってます。でも同時に、バイトで学んだことがわたしにとってはものすごく、あるから。あの大学4年間で過ごした時間と出会った方々には今でも本当に、感謝でいっぱいなのです。

今年の3月末に「ズームイン!!サタデー」が終了し、日テレの“ズームイン”という看板がなくなりました。そんなわけで当時の学生バイトもお疲れさん会的な集まりに顔を出させていただくなんとも太っ腹な機会に恵まれまして、ズーミンたちを激写してきましたとさ☆

あの当時にお世話になったスタッフの皆さんと一緒にお酒を飲みながら。時が経つというのはいつかこうした終わりを迎える時が来るのだと思ったし、その時がこんな風に。明るく楽しいものだと良いな、って(もちろんスタッフの方々の思いはまた別なものでしょうけども)。初代ズムサタを担当された福澤朗さんもおられて、わたしはまだ前任司会者の時に「なんでも鑑定団」に出ているので、“今の方がレゴの価値、上がってるかもしれませんよ〜”なんて言われ、また鑑定団に出ようかしらと笑いながらお話しできたのも良き思い出です。今こうしてなんとかインタビューをして原稿化しているのも、ズームインのバイト経験がとても作用しているような気が、しています。そうそう、羽鳥慎一さんはあいも変わらずテレビで見るままに素敵な方でしたがズムサタ担当時の“やらかし”エピソードには爆笑させていただきました。

コロナ禍にヒマすぎてウチのレゴを自慢すべく立ち上げたインスタも結果としてほぼ起動せず。でもね、いよいよ何か、始めようかな。新しい、こと(^^)時間がないって言ってるからダメなんだよな、そーだよな!

今年の頭、久しぶりに三浦ジュンさんと飲んで色んな話をしました。音楽好きな方ならご存知なテレビマンですね。そのジュンさんが新しく立ち上げた「ロックアンセム」。4月最初の週末2デイズ、仕事の都合で1日でしたけど楽しんできました。トピックとしては10-FEET「第ゼロ感」の3回まわし、Twitterのトレンドにも入ってましたよね。爆

氣志團、そしてスカパラも「第ゼロ感」。からーの、大トリ10-FEETの「第ゼロ感」。最高でしたね!!!ジュンさん、すごいよー!マジで!スカパラにヒロトさんが入って、スーツ姿のヒロトさんも拝めたし!

久々の幕張メッセの大型フェス参加だったけど、あっという間の時間で体力的にもまだまだイケる確認もできて良かったです(笑)。

ジュンさんも、ものすごく色んな戦い…っていう表現は違うのかもしれないけど、色んなことを経て、こうしてイベントを開催したことは第三者なのに感慨深いものがありました。スカパラ谷中さんが“知己”とMCでも言っていたジュンさんという、完全に同年代がこうしてチャレンジしている姿にはグッときます。

昨日は盛岡クラブチェンジ・黒沼がやって来てSaToMansionメンバーも入って一緒に飲んだくれました。来月、盛岡で開催される「FIGHT BACK 2025」の話をしながら、”FIGHT BACK”の意味をあらためて理解できたし、あまりうまく言葉にできないこれまでのFIGHT BACKでの感動もようやく消化できたような気がしました。

何か新しいことをすごくやりたくなっているのは、そんな最近の飲みと共に音楽というものの作用ですね。やれやれ、やれやれ。

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アメリカで次回、リベンジ!

【完全なる備忘です】

マイル登録:今回、ユナイテッドで行ったのでANAの方にマイル事後登録をしようと思ったらまぁ〜〜〜大変だった件!とりあえず提携航空会社だし気楽に出来るかなと思ってたんだけど、今回、既に記載の通りでユナイテッドのアプリが優秀すぎなので一切、発券はしなかった。それがアダになった。まずアプリだと旅が終わった時点で全ての情報が消える(爆)。ダウンロードしてたQRコード付き搭乗券なんかには席クラスとかeチケの番号なんかまるで書いてないんだよね。

空港でチケットを発券して、保管しておくべき意味が分かりました…なーるーほーどーね!!!

まぁそんなわけで非常に手間がかかったのですが、ユナイテッドのマイレージにも入会することで過去の旅券の履歴を出してもらい(チケット発券がユナイテッドのHPとかから直接だったらその必要もないんだろうけど、わたしは旅行会社のHP経由でチケッティングしているし、おそらくそういうことがこの先も多いだろう)、なんとか色んな番号を割り出してANAマイルをつけることができました…たかだか数千マイルかもしれないけど、メッチャ嬉しかった(爆)!

 

デンバーでの乗り換え:おそらくデンバー空港は結果としてどうしようもなかったと思う、のだけど。入国審査も「transit」か「transfer」という案内があるところもある…らしい(でも、デンバーもあったのかな…?)。まずこの案内があるかどうか見るor聞くって絶対必要!って思った!

色々とウェブで探せる範囲では、アメリカでの乗り換えはやっぱり難易度が結構高いらしく(慣れてる人は大丈夫だと思うけど)、これに関しては語学力でなんとか…よりは、焦ってることとかヤバい状況を伝えられることが一番必要なことではと実感しました。今回、自分の乗り継ぎ便も出発が遅れたラッキーパターンだったのは記載の通りですが、やはり乗り遅れというのは結構にあるということがウェブ上で調べてもよく分かりました。わたし、2001年の年末に確かどこかで乗り換えてニューヨーク行ってるはずなのにな(ポートランド乗り換えの記憶なんだけど、今、日本から直行便がないみたいだし?どうだったんだ)?あの時はどうだったんだろう、マジで記憶がない。だから書いとく。

 

バスツアー:お昼ゴハンが出たのですが、“メールで返信があった人のリクエストには答えてます”っていうガイドさんの話と、実際にバスの斜め前の人がアボカドラップを食べてた…基本的にはターキーサンドイッチの支給だったんだけど、アボカドのやつ、ヘルシーで、それが良かったなぁって思って見てたんです。でもどうせ、わたしにそんな連絡来てませんよ!って思ってたら…

来てました(汗)。それこそマイル登録をしようと思って、ユナイテッドとか旅行会社のメールに見落としないかな?って過去の履歴を1つずつ見てたらちょうど出国のタイミングぐらいに届いてました(爆)。“ターキーかローストビーフか、ベジタブルの3種類からリクエスト出していいよ”

アメリカ国外に住む人への差別か!とか、あの時は思ってたけど自分の確認不足も甚だしいから(さーせん)www

デンバーからラスベガスへの国内線もたまたま新型機でモニター付きでした(ラスベガス→サンフランシスコはそうじゃなかった)。距離の関係もあるのかもしれないけどね?

やっぱり飛行機に乗るってたのしいな。ということで備忘も書いたところで、ラスベガス観光の目玉・本丸についても書きまーす!

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アメリカでリベンジ☆

今年も3月11日がやって来て、岩手にその日前後で約1週間いてしまいました。今年の3月11日前後は色んなことがあったので、忘れずに残したいと思います。大船渡の山林火災もあった中で、岩手県内での報道も目に耳にすることができ。メディアの役割のようなものを改めて考えさせられた日々でもありました。そんな中で東海新報・えりさんが報道ステーションに出演され発しておられたことは偉そうにも“立派”の一言しかありませんでした。オールドメディアだからこそ、出来ることを。

さて。でもひとまず、アメリカでの続きから書き残そうかと。今回、アンテロープキャニオンのバスツアーに1人で参加してきました。予約は日本で済ませて、当日は朝5時に近くのホテルのピックアップ場所。

これがね〜…

地図上は隣のホテルみたいなもんなのに、ホテル内にカジノがあったりなんだりするしとにかくラスベガスってスケールがデカいんで。20分ぐらいかかる(爆)。前日に下見しといてよかったわぁwww Uberを使える人は“この距離で使って良いのか?”と思う距離でも使うのが正解です。だって今回のアメリカで唯一の怖い思いをしたのがこの早朝に歩いたことだったから。華やかな街でもやっぱり早朝は眠ってるんで(ホテル内はカジノも24時間営業だけど)、ホテル出たらもうダッシュで向かったもんね。

ちょっとまた前置きで文字数取りそうですが…

わたしの待ち合わせ場所ホテルでのピックアップはわたし1人。その後、何箇所か立ち寄ってツアー参加者が乗ってくるうちに“乗り換えてください”ってアナウンスしてるよな?これ?聞き逃すまいともう朝5時から必死。爆

“あなたの番号は〇〇番だから、そのバスに乗ってね”って言ってる。どゆこと?番号を必死に覚えるけど、降りる時にはぽや〜んとして忘れてる(笑)し、謎にわたし1人だけこの番号だし。降りる時に再確認。正しい英語で言えてるかなんかもうどうだっていい知らん。

結果としてホテルでピックアップしてもらった人たちがちょっと大きな集合場所みたいなところにまず集積して。そこから、何種類かあるグランドキャニオンへのツアーに振り分けられるという仕組み、ということだったんだと思う。それが分かるまでは、なんで自分1人だけこの番号なんだ?これってアジア人差別とか?とか良くない発想で頭の中ぐるぐるしてました。だって自分の番号のバスがなかなか来ないんだもん…

そんなわけでバスに乗る時はやっぱり待ちくたびれた人もいたようで、列なんかもう無視みたいになるし(笑)朝っぱらで若干、殺気立ってる雰囲気もありましたが。“もう1人、1人参加の人があそこに座ってるからあの子の隣に座ってくれないか?”とガイドさん。結果として満席で、隣の子はアメリカ国内から1人で参加した若い女子でした。

6時頃だったか、ラスベガスを出発していつの間にか明るくなって。ガイドさんの話が小1時間、続いたらおやすみタイム。起きてから見た車窓の景色にグランドキャニオンの方に向かっているのを感じる。

おそらく4時間以上走ってきて最初のビューポイントは車窓から見た大きなグレン・キャニオン・ダム。

ダムを見てからさらに1時間まではかからなかった、と思うけど。歩いてホースシューベントへ。バスを降りて20分ほど歩くとこちらのビューポイントにとーちゃーく。確か昨年、と言っていたと思うけど、死亡事故があったから気をつけてはしゃぎすぎないように見学しなさいとのリマインドあり(なんでも子供がジャンプしたら落ちてしまい助けようと父も落ちて、母だけが残ったようなことを言っていた)。

今回のアメリカでの写真全体に言えることなんだけど…その雄大さというのがまるで伝わらないんだよね(爆)。写真を撮るセンスある無しは確かにあると思うけど、雄大なものをカメラに収めるのはやっぱり限界って絶対にあると思うし、だからこそ感じられる時に感じよう、って改めて思わされたりしたのでした。

ちょっとこれだと分かるかしら、人間、小っちゃいもんね!

しかし崖のキワみたいな場所まで攻める人たちが結構いて、大したもんだな〜と眺めながら。でもキワから全く遠いこの場所でぼーっとするだけでも1日いられそうなぐらいの景色でした。ご覧の通り何より天気に恵まれたのも幸いだったと思うし、気温は2月末で20℃に届きそうなちょうど良いあたたかさ(半袖の人もいたしね)。実は2月って旅行の閑散期でもあるので飛行機もリーズナブルな方とされているし、グランドキャニオン観光のベストって意外に2月かもしれないな、と個人的には思ったりしました(とは言え雪が降ったりもするみたいだし、こればっかりは運もあるかも。という意味では正直、今回は運が良かったとしか言えないです)。

バスに戻ったら配られたランチボックス。このサンドイッチは日本で買う2本分はあるデカさ+スナック。水も配ってもらえたし、丸1日おなかは満たされた状態で楽しめました🎶

さていよいよメインのアンテロープキャニオンへ到着。これは…日本語での解説はわたしが見つけられなかっただけかもだけど、現地に行くまで全く知らなかったのでぜひ参考にしていただけたらです。

アンテロープキャニオンは、長財布とか大きな荷物を持って行くのはNGです。お財布・ケータイ等もポケットにインできる状態でしか行くことが出来ないです。セルフィーの棒(なんて言うの?w)とかもダメです。ナバホ族への敬意と、絶対に環境を汚さないために。そんなことを言っていたように記憶しています。

そんなわけでいきなり財布とか置いてけ、バスにはセキュリティのカメラが付いてるからって言われても心配性なヲレはそうも行かず、現金(札)とパスポートは無理矢理ジーンズのポケットに突っ込んで行きました。女子が持ってる小さいポシェットぐらいはギリ、セーフな感じだったので、こういうのを持っていくことをお勧めします。

しかもアンテロープ観光も、アッパー/ロウアー/X の3箇所の観光にバス内で振り分けられて、行き先でサイン(=自著)の仕方が違う(笑)。わたしはXに行くことになり、おいおいそんなことツアーの申し込み画面に書いてたっけ?とか思ったんですがもうしょうがないよね。ちなみに申し込んだツアーはコチラでしたけど、今読んでもちょっと解せない(笑)ところがありつつ、5つ☆の声しか見当たらないのと20%オフだったのでこれにしたのですが…

結果としてわたしも、星5つです!かな!!

そんなわけでアンテロープ・Xの観光はバスを降りてから、さらに小型ジープでアンテロープ専門のガイドさんが運転する車に乗って、この階段をひたすら降りるところからスタートします。

差し込む光は場所によって色も太さも、何もかもが違う。自分がどこにいるのか分からなくなる。ものすごく長い年月をかけて築かれている地層は砂が固まって、その上に恐竜が死んだり、さらにその上を砂があらゆる方向から吹いてこうして不思議なレイヤーが出来ていく。

ガイドさんの解説がとても素晴らしかったので、今は取り組める余裕がないのですが時間があれば動画にしようと思っています。いかにこの場所が出来上がっていて、今も姿を変えているのかというのを。

なので激しい雨で鉄砲水になったりするともろとも崩れることもあるらしく、死亡事故もある場所だと言ってました。

ガイドさん撮影の1枚。もう携帯なんて通じません。

こちらもガイドさん撮影の1枚。だいぶ下がった場所で気温が下がりましたが、パーカーで十分な感じでした。本当にこの場所の観光は天候に左右されるなと思いました☆

そんなわけでたっぷり1時間はアンテロープXの中にいたのではないかと。日本に帰ってから写真を見てもなんだかしょぼいなと思ってしまったのですが(笑)、親や友人に見せた写真は大好評だったので、意外に伝わる…のかな?どうです?

お手洗いもワイルドだろ〜(もちろん水洗ではない)!

休憩で立ち寄った場所から

休憩で立ち寄った場所・別アングル

ラスベガスからアンテロープがある場所は州が変わる(アリゾナ州?)上に時差がある(爆)、もう何が何だか、実はこの日の夜にシルク・ドゥ・ソレイユのチケットを取っていてもらったのにギリギリ間に合うか…と思って帰りの道中、焦っていたら時差があったという。難しいよ時差!!!遠目にSphereが見えてきて車窓から撮ろうと頑張った1枚など。

それとツアーではチップの準備を忘れないでください。もちろんマストではない…と言いたいのは日本だけで、欧米ではチップが当たり前だし“裸(=現金そのまま)で渡すのもどうなんだろう?”って思ったけど、見るからに欧米人がそうやって渡してるからそれで良い!のです!気持ちの問題とは言いたいけれど、やっぱりかかる費用の最低15%ぐらいは考えた方が良さそうです。これまで一切、バスの中で流れなかった日本語アナウンスなのに、降りる時だけ謎の文章の日本語が流れてきたんですよね…要は“チップよろしくね”的な。

もちろんその前もガイドさんが英語でチップのお願いはしてた。だけど最後の最後、日本語でそれが流れてきたのは。おそらく日本人のチップの支払いが悪いからだとわたしは思った。でもやっぱり、チップの慣習は今持って、理解するのはわたしには難しい。でもでも、郷に入っては郷に従え、ただそれだけです。キャッシュレスが進んでいるので今回の旅はカードでほぼ済ませたのですが(カード払いの時はチップもインクルードして支払える)、ツアーでのチップだけは現金しか方法がないので、やっぱりいくばくかのドル札は持っていくべきだし、持って行ってよかったー!と思いました。

結果としておよそ13〜14時間の旅。自分の中でこの先も素晴らしく記憶に残る1日が出来ました☆安易にこんな言い方しても良くないかもしれないけど、アンテロープは人生観、変わるかもしれない、です!マジで!

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アメリカに行った2つの理由

直接的な理由もあるんですけど、間接的な要因が2つあるので備忘としてそのことから残しますね。

2月頭に毎年恒例・Caravanクラブチッタ公演がありました。お酒のお振る舞いがあって、まさに“新年会”の名にふさわしいワンマン公演。ステージ上の装飾も毎年こだわりがあったり、Caravanの盟友たちがステージを彩る。毎年毎年、趣向が違うし何よりCaravanのライブは自分をフラットにしてくれる感覚がある。凝り固まった思考とかを解いてくれるような。そして今年も、ライブ後の足取りは軽かったです。それはもうひとつ、もしかしたら理由があるような気がします。

川崎に早くついたので、しばし街中をぶらぶらしてチッタ近くのベンチに座ってケータイを触ってました。あと10分ぐらいの時間を持て余してしまったので。

“あらまぁ、とっても素敵なコートですね”とご婦人が声をかけてきました。これは新手の勧誘だろうかと、テキトーに相槌を打っておりました。

するとご婦人が“ちょっとこちらを見てくださる?”とクリアファイルをカバンから出し始めました。あ、ついに来たね勧誘が。宗教か?なんだろう?

それは、数枚の白黒のレントゲン写真でした。

“私、脳幹出血を起こしたんですよ。これがその時、そして今がこっち。完全に、跡がなくなったんですよ”…極めて簡潔にはそんな感じの内容。でも間違いなく素人が細工できないような病院からもらった写真だった。そこからはヲレが質問攻めだよ(笑)、何より言葉がとても滑らかで美しい。まるで病気などとは無縁のような方のお姿が、そこにはあった。そしてこんなようなことを、わたしに言った。

私は生かされたと思っています、あなたも生かされている。だからやりたいことを、好きなことを、やりたいようにやってください。悔いのないように。

生かされている…“生きている”、とは違う。その違いと意味合いとを考えながら、Caravanの音にふれていました。結論として今、自分も生かされているのであれば、何かをするべくして“生かされ”ているのでは、と。そして実はこの日のライブの帰り道にネットで格安航空券を探しに探しまくって、そしたら何とか妥協できる値段でエアーが見つかり。頭を冷やして(笑)翌朝に、ラスベガス行きの飛行機を取ったのでした(ホントです)。

さてもうひとつの理由ですね。

かくかくしかじかありまして、骨髄バンク登録をしました。自分としてはずいぶん前の記憶でしたが、まだ2年も経ってなかったみたいです。

いきなりショートメールが届いたときはさすがにビビりました、“型が一致した”という旨の。実は登録をすると登録者の声みたいなものが載った小冊子のようなものが届くのですが、長年登録していても全く連絡がない方もいれば逆に何回も連絡をもらった経験がある、みたいな方までいらっしゃるのが分かります(こちらから誰でもネットで読めます)。

そんなわけで連絡があってから、病院に通うなどしながらドナーとしての準備が始まりました。健康診断以上の細かい血液検査も経て、全てにおいて数値はOKでした。が、詳細は分かりませんが、その後のある日、中止の連絡がありました。推測で書くと、わたしより白血球の型が適合していたり、若かったりするドナーの方が見つかったであろう、最大で数万人に1人とかしか合わない可能性もある中で、わたしよりも近い白血球の型を持つ方が見つかったんだと。そう信じています。

表向き発することができることは以上にさせてもらうとして、いつ、何があるのかはやっぱりわからないなぁ、と強く思わされたということ。震災でも強く感じたことですが、加齢もあって余計にそんな思いが強くなっていたりします。だから、行ける時には行こう、動ける時には動こう、って。

ちなみに骨髄バンクのことは、例えば“手術なう”とSNSで発信するとか→具体的にドナーが特定されてしまうこと、以外はどんどん発信してください、と言われました(骨髄移植のレクチャーの中でそんな話もされます)。単純にドナー登録が多いほど必要とされる方々と適合する可能性が増えるわけだし、わたしも何らかの一助になればと思って残しました。年齢制限の行き着くところまで登録は続けようと思っているので、この先にまた可能性があるかもしれません。まだまだ元気で、健康でいなくてはと気を新たにしている今日この頃です。

ということで、アメリカに行った直接的な理由(も勿論ちゃんとありますw)は追って書きます!続く🎶

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my BD wk special~from the States, to

さて下項のつづき。アメリカでの入国審査のことも書いておこーっと。何より今までで一番時間がかかった…と思う。入国審査なんてまず普通に考えて一般人がそんなに何か聞かれたりしなかった(これまでは)。それこそ韓国に行ってもただパスポートをさらっとチェックされるぐらいで会話なんかまずしないし。それぐらい、米国1人旅(主に女子)のチェックのハードルは高くなっていると感じました。もちろん女子に限らずだとは思います、上手く表現するのが難しいけど、前だったら“日本人だから(大丈夫)”と担保されているところがあった、と思う。でも今はそうではない、ということ。ESTAで入国したくせにVISA後回しで居座るつもりじゃなかろうか?なんなら何かしらの犯罪に加担してないか?という感じで審査される、と思って行った方が良いです。

何しに来ましたか?何日いますか?デンバーが最終目的地ですか?

…等々、覚えてる限り質問の内容は極めてオーソドックス。今回、ラスベガス滞在は実質丸2日間という感じだったのでそう答えたら“たった2日?”⇨これは何らかの運び屋と思われている可能性アリ

“いや、トータル4日間です”と言い直すと“あと2日はどこにいるんだ?”と。そりゃそーだ、でも英語で何て言うの?

“2 days in LasVegas, and 2 days in airplane!”

…ちょっと怖そうな審査官が、ちょっと笑ってる(やったぜ)。これ、正しくは2 days and 4nightsと言うそーだ。しかも厳密には3 days and 4 nightsの今回の旅だったのだけど、まぁ何にせよ意図は通じたのでよし。

そして今回は、前は紙で提出していた税関への申告書が必要なかった(かつては飛行機の中でCAさんがアメリカ到着前に配ってたよね、それがなかった)。そんなことも頭にないほど当日の乗り換えのことで頭がいっぱいだったのだけど、後半の方の質問で肉とか持ってきてないかとか怪しいものはないかとか。明らかにそういう、税関っぽい質問をしてきたのよね。さらに“1万ドル以上の現金は持ってないか?”と。ここはNoではないだろ、と。“Impossible”と答えたら…

笑ってる、ややウケてる(^^)!よし!

ということで時間にして5分ほど?でしょうか。両手の指紋を取られて(記憶はないけどおそらく写真も撮られて)入国審査は無事終了、とあいなったのでありました。

そんなわけで行きの空港で体力を使ったわけよ。だから帰りはもう、さらっとアメリカの地を後にできるだろう、だって善良な市民だもの。そう勇んでラスベガスの空港に行ったのさ。例によって保安検査を受けたのさ(※出国審査的なものはない)。帰りもスーツケースは機内持ち込みにすることにしたので、自分の持ち物を全て検査してもらう流れに。

まず自分の人体で引っかかる。パーカーのたるみに何か入ってんじゃね?みたいな感じで丁寧なボディタッチ。はい合格。次は自分の荷物を待つ…目視で分かる…止まってんなぁ…

何か入ってたかな?袋に入れ忘れた液体とかあったかな?頭の中、ぐるぐる。

“はいこのスーツケースの人、こっち来てください”と指図。え!?スーツケースの方か…行きの時と何ら中身は変わってないはず、強いて挙げるのであればネタとして買ったお土産のトランプ(大統領)パッケージのチョコレートぐらいじゃないか?

おそらく機械を通して(どういう構造なのか不明)、スーツケースの中を見回す検査のひと。“何か尖ったものを持ってないか?”…いや、ないない、ないよ!鼻毛カッターすら持ってきてないから!!

開けるぞ、と言うなりスーツケース、オープン。えぇ大丈夫ですとも、こちとら何ひとつ怪しいものなんか持ってませんからね!と自信アリげに思うのも束の間…

適当にスーツケースにしまってきた下着やら履いた靴下やらがあらわに(汗)。ちょ、待てよ(キムタクものまね風に)!いや〜…女子の皆さん、こんなこともあるんです!よ!ということで、帰りも気を抜かずで!

完全に自分の持ち物を手で別に避けた上、それでも訝しがる検査官。ちょっとベテラン風の見た目やさしいおじさまも出てきて“うーん、本当に何も思い当たることはないかな?”と優しく声をかけてくれる。

あーーー…完全に悟ったのは、マジでこの帰りのフライトの時です。日本人の女子が団体でもなく1人で旅行に来るなんて何かあると思われてる、と。ただ、この時はマジで何も思い当たることがなかったし、あと、“もし行きの保安検査でこうなってたらアウトだったな”ってことだけ考えてました。

うーん、と訝しが続く検査官。“ここを開けるぞ”とスーツケースがファスナーで覆われているところを開け始める。どうぞどうぞ、って言いつつ、でも確かに。ここに何か入ってる可能性もあるもんな(そもそも買ってから開けたこともないけど)。

開けてみると、謎の線が2本。養生テープみたいなもので止まってました。“これは何だ?”…知らんよ、だってそもそも、買ってから初めてここ見たし!

は?知らないだと?何を言ってるんだおまえ…的な目でじろっと見た検査官。やさしめベテランおじが“ちゃんと見てみよう”。

終わった…と思った。でも、最悪何日かステイすることにならざるを得なくなっても仕事には影響がない。もうそんな方向にしか頭は回ってなかった(笑)。

そして…

“oh, primitive”の一言。

結果としては、わたしのスーツケースについているストッパーって言えば良いのかな?キャスターが動かないようにするシステムで、それが作動するために細い線が養生テープみたいなので止められている。完全に元々の仕様なのでありました。でもそんなの、実はわたしも全く知りませんでした。

そしてあっさり解放されました(爆)。やさしめおじ様もニコリとしてました。

ほらヲレのせいじゃねーじゃん!っていう怒りの気持ちをぐっと堪え、サンキュー+笑顔でその場を後にしました。

はいここで質問、このやりとり中にわたしのミステイクがあります。文字だけのこのブログから分かったらすごい!

正解は…

“知らんよ”⇨英語でI don’t knowと答えてしまったのですが。これはダメな回答だそうです。ちょっと冷たくて、“自分も知らないうちに犯罪に加担してしまっている人では”と、相手に思わせてしまう回答になっている(ちえぞ的ニュアンスの解釈)。分かりやすく言えば、心証が良くない答え、ってことかな。

もし本当に身に覚えがなければ“I’m not sure”とか、“I have no idea”と言いましょう(by ちえぞ’s 英語の先生)。 確かに仮にも検査官のいかんで、自分がもしかしたら異国から出国できない可能性だって出てきます。なるべく相手には丁寧に、を忘れずに。これまで感じたり思ったこともなかったけど、しみじみそんなことも痛感したステイになりました。

そして帰りはサンフランシスコ経由での成田帰りでした。サンフランシスコでの乗り換えは時間が余裕のよっちゃんで、クラムチャウダーが臓腑に染み渡って本当に本当に、美味しかったことが今なお余韻で残っています☆

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my BD wk special~to the States, flight to LAS

アメリカから、ただいまー!

わずか数日のステイなのに1ヶ月分ぐらいの話ができそうなぐらい濃くて、濃くて、濃かったです。ということでまずは乗り継ぎのあれこれ。これは経験しないと分からない…な(残しておきたいのでつらつら長くなります)。

行き先はラスベガス、初めての土地。日本から直行便は出ていないので乗り換え必須です。乗り換えまで全てユナイテッド便で行くことにしたのは単純に安かったから。

さて。出発当日の朝。ショートメールが届きました(あんまり色んな登録はしないタチなのですが、1人旅行で不安だったのでユナイテッドのページに結構、情報を入力した)。オンラインチェックインをした後で、何事?と思ったら“遅延します”的な。

おーおーおーマジすか。

元々はロサンゼルス(LAX)⇨ラスベガス(LAS) で2時間半ぐらいは乗り継ぎ時間があったと思う。そのLAX行きが遅れるので、必然的に予定よりLAS到着が遅れると。LASでの乗り継ぎは50分ぐらいになるので、LAS行きの次の便への振り替えも可能、的な。

ほう、ほう。朝、スマホ持ったまましばし考えましたよw

ユナイテッドのアプリはとっても使い勝手が良く、振替便(無料)のサジェスチョンをしてくれたので。最終的にデンバー(DEN)乗り換えにすれば多少の遅れでLAXに到着できることが分かり。アプリから簡単に振り替えました。それでDEN⇨LASの乗り継ぎ時間は2時間ちょっとあるとのこと。これなら大丈夫…かな?

成田空港には少し早めに着いて、空港の方にまず確認したのは“荷物を預けた場合にこの乗り換え時間で大丈夫なのか?”ってこと。曰く“1時間半あれば大丈夫”的なことを言っていただき、でも不安だったので。いつも預けるスーツケース(機内持ち込みサイズ)を今回は、機内持ち込みにすることにしました。(これは当日、空港で言われたことではないのですが、実際に1時間半以上の乗り継ぎ時間があるのに乗り遅れた場合は次の便への振替などの措置をとってくれるみたいです)。

さらに言うと、DEN行きの飛行機も成田空港に向かう途中で“遅延”の連絡がありメッチャ焦ったのですが、空港に着いたらOn Timeに戻ってました。だから時間より早め空港着はマストだと改めて思います。

そしていざ、DENまでのフライトは順調でした。機内食も美味しい方だったし、約10時間の間に飲み物⇨食事⇨スナック⇨軽食というサービスっぷり。結果ゆっくり寝るなどもなく、最近はLCCしか乗ってなかったわたしとしては、エコノミーでもフラッグキャリアって素晴らしい♡を実感したのでありました。

パスタ+謎の豆大福(でも美味)。

さて。ほぼ予定通り到着したDEN。まずは入国審査です。最初に到着したアメリカの地で入国審査があります(乗り継いだ後の到着地で、ではありません)。あちゃ〜列がそこそこだなぁ…でもまぁ、1時間でなんとかなるかな、と見立てる。それで残りは約1時間、だけど飛行機のドアがその前に閉まることを考えると、実質40分ぐらいかな…

ってことは、だいぶヤバいな…厳しい戦い…!!!

残念ながらわたしが知りうる範囲ではここをサッと抜けられる方法はなさそうです、列に並ぶしかない。一応、Mobile Passport Control(MPC)という制度があって、わたしも使えそうだったのでアプリを入れておいたのですが…なんだか使ってる人が限りなく少ない(苦)。うーん、どうなんだろう…と思いながら、結果としてこのアプリは使わず普通に列に並ぶことにしました。それは成田で“乗り換えに1時間半はあるので”と空港の人が言っていたから何とかなるだろう、と思ったから…だけど、もしかしてこの日、LASでの予定に間に合わないことも考えられるな、と。途中からスカイスキャナーのアプリとかを起動して、当日のフライトの検索とかも始めてました。なんのために行ったの!?なんてことになったら悲しすぎる…

いよいよ入国審査。何度かアメリカには行ってるけど、今回が一番時間がかかって色々聞かれた感じでした。ちょっとした注意喚起として、アジア人で女性1人・しかも観光目的だとちょっぴり“犯罪に加担していないだろうか”という見方をされる場合があるようです(結婚詐欺に引っかかっているのでは、とかもあるらしい)。かつて日本人はそうは見られなかったと思う、けど、今は日本人も広いアジアの1つの国の人としか見られていない、という自覚は持った方が良いと思いました。

予想通り入国審査を通過した時点で1時間、ちょっと回っていたかな。さてここからどうやってLAS行きに乗るのか?DEN空港はユナイテッドのハブのようでまぁ広い、広い。

だってこれよ、もう字が多すぎでしょ。こんだけ発着してるわけだし、ターミナルの移動は無料の地下鉄(!)で、ってどんな広さよ!?

とは言え入国審査も終わったし余裕っしょ、というのも束の間…

乗り継ぎ便の人のための入り口的なところってないの!?どゆこと!?

ユナイテッドのカウンターに行ってみる。“Security!”と笑顔のお姉さん。そっか、アメリカの国内線に乗るべく改めて、保安検査は受けなくてはならないってことか。マジか!!

理屈は分かったもののスーツケースを引っ張りながら走ってもう必死でした。なんだかんだ、保安検査が終わった時には出発時刻の残り30分を切っていた…と思う。

10分前に飛行機の扉が閉まるとして、ここから地下鉄に乗って、地下鉄を降りたところからフライトの場所が遠かったらどうしよう…もうドキドキが止まりませんでした。そんな折、ケータイにショートメールが届いていたことを思い出し開いてみました。

“LAS行きのフライトは時間変更になります”

全く分かりにくいけど地下鉄がコチラ。ショートメールには40分ほど遅れるとあって、乗った地下鉄でホッとしてクラクラ倒れそうになった(笑)、結果として乗る場所に着いてからお手洗いで用を済ませた頃、ちょうど搭乗が始まった感じでした。おぉ神よ、神よ!

こうして無事!?なのか。LASには予定より30分ほどの遅れで到着したのでありました。これが日本での2月27日朝から、LAS現地時間で2月27日15時半頃までの出来事…おそらく、こんなに長く色んなことがありすぎた1日を過ごしたのは人生初です。1日という概念で言うのも正しくないのかもしれないし、時空のゆがみみたいなものを感じる。DEN&LASの間にも1時間の時差があるし(笑)、もう何がなんだか。爆爆

これをちゃんと事細かに動画なり写真なりに収めてそれを用いて文に綴れたらとても良いんですけどね、役に立つ方もいらっしゃるかもしれない。けど、まったく、まるでもう……そんな余裕なぞなかったです。はい。

とりあえずアメリカでの乗り換えにはわたし個人としては、3時間を見たほうが間違いないと思います。予定がパツパツでないのであればもし乗り遅れ等があっても次の便にスライドしてもらえば良いけど、旅行って大体あらかたの予定を決めて行くものですよね。まとめでいま一度、アメリカで飛行機の乗り換えをする場合、自分的には3時間の余裕は必要かなと思ったりしています。

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2025年はソウルから〜もぐもぐのはなし

2025年になり早くもひと月が経とうとしています。これ、今月末発売(28日に発売されているはず/見本誌が届くのがその数日後なのでまだ自分は見てないのですが)の岩手のタウン誌・アキュートのコラムにも書いたことで、昨年のインタビュー数を数えたら50本を超えていて(正確には53本)、単純計算で週に1本インタビューして原稿化していたのかと思うと…頑張ったなと思いました。

頑張った、と言えば。わたしはこのブログに書いているとおりで、一昨年になりますが久しぶりに韓国に行ってからというもの、韓国に行く機会がものすごく増えました。それは、

1人で夕ご飯をどうしようかな、とさまよっていた時に“おいで”と目くばせしてくれたイモニム・おば様に出会えたから。おば様=つまりは店の主人=主人ってことはその店の主で一番、だから“社長さん”って韓国語で呼ぶ理由もなんだか分かってきました。言語が話せるようになるのはなるほど、その国の文化を学ぶこともイコールであるとつくづく思います。

そんなわけで新年早々、さすがに1月1日は休みだろうと予測して(そしてその予測は正解だった)1月2日に顔を出したら営業してました。わたくしメッチャ顔が赤すぎるのでイモニムの顔だけにしますけど。笑 年始早々、店じまいをしながらわたしと一緒にビールを飲むイモニム。次はいつ来るの、って聞くから、春かなと答えたので春は無理でもまた今年中にも行かなくてはです。

携帯の翻訳アプリを駆使しながら会話をしたあの時に比べて、イモニムが喋っていることは何となく分かったから今回は携帯は使わなかった。とは言え喋るスキルは全然違うから全然喋れなかったけど、ある程度だけど、理解できるようになっただけでも自分エラい、頑張った!って褒めてあげたいです。ハイ自分に甘く。ということでイモニムとの話は今後も続く!

年始早々、生きているタコをその場でお刺身にしてもらって口に吸い付くようなタコを満喫してきました🎶そうそう、丁度いま頃が韓国のソルラル=旧正月で、イモニムもこの頃はお店休むの〜と言っていたので、そういう意味でも日本の年末年始に韓国行ってよかったです。

さてそんなわけで知り合いみたいなお店では何ら苦労しないのですが、飛び込みのお店では苦労というか、新たな洗礼を浴びてきました。笑笑

ミシュランにも選ばれているという冷麺を食べに行く。日本円で1500円ぐらいするのでちょっと高いけど、味は確かに!でした。

席に案内されるなり“何にする?”と注文を待たれる。ちょっと待って欲しいと伝えるもその場に居続ける(笑)。すごいプレッシャーよ、これ。ちょうどイモニムとも話したんだけど、韓国は“パリパリ文化(パリ=早く)”なので、とにかく早く早くとせっかちなのよね。待って、って言ったから堂々とできれば良いのだけど圧に負けるよマジで。でもこのお店に限ったことじゃなくてね、

海鮮を食べに行ったお店でも。今回、お店では頑張ってハングルを使い通しました。でもこのスープを頼んだ時にお店の方がなんだかんだ言ってきたのは…聞き返してもゆっくりなんか喋ってくれないし(苦)最後まで分からなくて、はいって言うしかなかったです。違うものが出てくるかもしれないと思ったけど、正解で初めての干しタラスープにありつけた別の感動もあって(あと寒い中歩いた後の温かさもあって)、美味しいの一言ではすまない感動で飲み干しました。笑

でもこういう思いが自分をもっと高めてくれるのだと思います。悔しいと思った、難なく注文できてる人がいっぱいいる中でね。

さて今回のアタリはこちらでございます。全てはこちらの記事のおかげですしこちらにある通りですので是非こちらのリンクをお読みいただけたら。事前予約はしていませんでしたが、店頭に予約機があります(確か言語もマルチに対応していたかと?)し、わたしが行った時はちょうど席が空いていたのもあり、店の前にいたらすぐ通してもらいました。上記リンクのラーメンまで辿り着きたかったのですが、とんでもなく腹パンになってしまいラーメンが遠かったです…笑

しかし韓牛を網の上で溶かしたバターに浸して食べるなんてマジ最高でしたよの一言。付け合わせの玉ねぎもメッチャ美味かったし、マジ最高!でした!!ちなみにこの日本語はあまり好きではないのですが(笑)、“コスパ”もマジで最高!です!!

孤独のグルメ・井之頭五郎さんが行ったお店の聖地巡礼シリーズ。

チャドルバギ、めっちゃうまかったです!!!これは五郎さんも唸るわ〜!チャミスル2本飲みました(爆)。写真をちゃんと撮ってなくてスンマセン、ですがお通しのように出てくるキムチやら何やら、テーブルいっぱい埋め尽くすスタイルは五郎さんが行った時と変わってないと思います。何なら今回行ったお店はそれなりにローカル店舗しか行ってないつもりですが、ここが一番ローカル色強かったかもっていうぐらいでした。ちなみにドラマほどお店の方に愛想はない(笑)ですが、それはそれで個人的にはむしろ居心地が良かったです。

と言うのもちょうど。今なお決着が見えていない大統領の件があって、強制的に突入する(令状の執行って言うの?)しない…と韓国のテレビでもずっと放送していて、お店の人もテレビに釘付けだったのもあるかもです。

行った美術館の近くにちょうど大統領の邸宅があったらしく。ものすごいデモ…って言うのかな、を。目の当たりにすることになりました。自分で撮ったこの写真を見てつくづく思いますが、もうこんな写真じゃ全く伝わらない迫力と人出と人の声でした。街は至って普通だったけど、事実、こんなことも起こっていました。すごいパワーでした。

ちなみに行った美術館はこちらね!

館内のオーディオガイドはなんと無料(忘れてた、そもそも入館料も無料です)!しかも収蔵していて解説があると勝手にガイドが始まるシステム。すごすぎる…ただ入館時に身分証明がいるので、海外の人はパスポートがベストでしょう。お忘れなく。

有料での展覧もあるようですし、有料の時に行くとまた違うエリアも広がっているようなので、ここはまた是非行ってみたいです。個人的には青磁とか白磁をいっぱい見られたし、螺鈿の展示がちょうどあって。興味などないようなわたしが見ても、素晴らしかったと思う展示でした。

館内もなかなかフォトジェニックなエリアが、こんな感じでいっぱいあるのでした!

美術館から梨泰院の方に歩いて行けたので(とは言えそこそこ距離はありますので歩く時間の余裕がなければオススメしません)、梨泰院クラスの舞台にも行ってきました🎶

今回はちょっとした街ブラも出来てよかったです。そうそう、気候同行カードも今回、買うことができまして(明洞の観光情報センターではまず買えそうです、わたしもここでゲトしました)本当に安く移動が出来て助かりました。最終日に仁川空港までこのカードでたどり着けたのもマジでありがたかった。ホッカイロも置いてあったりして(無料)、美術館のことはここで情報収集できたしお姉さんたちも優しくて、何かあったらここに行ってください!はい!

米津玄師さん特集があったレコ屋🎶

メリークリスマス&ハッピーニューイヤー、できればまた来年(あ、今年か)もソウルに行きたいです♡

気づけばニューヨークで2001年の年越しをして以来の海外でのハッピーニューイヤーでした。同時多発テロがあった年末、そしてハッピーニューイヤーを迎えたニューヨークの人たちは強かった、とっても。どんな出来事があっても街も人も動いているし動かなければならない、を強く実感させられたあの時。

韓国も前代未聞の大統領のこともある、そしていたましく悲しい飛行機事故の直後でもあったけど、街も人も動いていた。この体感は自分を強くしてくれるし、今後の自分を支えてくれると思う。きっと、きっと。

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