勝手にいわてデスティネーションキャンペーン〜鉄のまち〜


大船渡〜釜石へと北上するバスの車内。途中からはずーっと一人車内であった。
完全に地元の足だし、表示も分かりづらいので、正直、乗る時もちょっと不安。しかもおばぁちゃんに「タッコン(←大船渡の地名)通んのすか?」と聞かれる有様。
大船渡から釜石までは、結構な時間(1時間半以上…やっぱ広いなー、岩手)ですが。
学校の敷地内に建つ仮設住宅、また、新設されたであろう、仮設住宅の停留所。海沿いの風景。
バス路線は、車で国道をひた走るのとは違って、まさに‘地元の足’なので、見えないことが見えたりして時間はあっという間でした。
途中、大船渡の吉浜駅(三陸鉄道)。
バスの運転手さんが「トイレ大丈夫っすか?」と聞いてきました。ちえぞう、特に大丈夫だったので「大丈夫ですー」と言って、またバスは走り始めました…そしたら、見えてきたのが。
三陸鉄道の車体でした。
なんでここに止まってんだろう?
答えはこの映像にあります。Youtubeだけど貼っちゃいます。

吉浜駅(停留所名は、吉浜出張所)では、是非、トイレ休憩をとってください☆

着いたよー!
釜石市の中心部で営業している「キッチンカー屋台」!
和っつマスターが出迎えてくれてた(^^)

キッチンカーのプロジェクトは何度かこのブログでもふれているので、コチラをご覧いただけたら。
ちょうど、きのう。河原れんさん「ナインデイズ」を読みました。
岩手県災害対策本部の闘い、と、サブタイトルにある通り。震災が起こって(この本の中では‘発災’と表している)からの、まさに、9日間。それから、ちょこっと、その後のこと。書かれています。
最後のさいご。まさに、この本の主人公(ノンフィクションなので実在する人物ということになりますが)が。
震災後の5月頃から、災害対策本部の職員だったり救助隊の方と飲みに行って腹を割ってあの当時の状況を話した…というくだりが出てきます。
泣くポイントが違うと言われそうですが、そんな最後のあたり、で。ずるずるしてしまいました。
きっと、自分がとってきた行動を、正しいとか間違っているとか、そんなことは分からないから、だから。誰かに話すことで、理解だけでも、してほしかった…そのためには、お酒の力を借りて、話ができる場というのが必要なのが、痛いほど、ワタシには分かった。
釜石は、それこそ。市内が完全に津波にのみ込まれて、それこそ「呑兵衛横丁」もあとかたもなくなった(リンクの通り、場所を変えて、仮設の店舗でオープンしてる)。
和っつのマスターも、お店がなくなった。
釜石は、製鉄で栄えた街。新日鐵の工場もすぐ近くにあって、三交代とかで働いているから、この横丁の飲み屋街も、ピークには。朝から明け方まで必ずどこかのお店が開いていた、なんて話を。前に、この横丁で、ママに聞いたことがある。
で。
マスターも、分かっていたと思う。早く、釜石の人が飲める場所を作らなくちゃ、って。だから人より早いスピードで頑張ってる人。
相変わらず、仕込み場所も、住むところも、仮設住宅。でも、マスターは、今月から、新たに一歩を踏み出した。

ちゃんと、店を構える。そのために、キッチンカーでの営業は、卒業。
ちえぞうは、和っつキッチンカーのラストウイークに、ギリギリ間に合った、てなわけ!
お店ができたら、真っ先に遊びに行く!
きっと新しいお店でも、ももいろクローバーZがヘビーローテーションな飲み屋さんになるんだろうな(笑)。
和っつマスターのブログはコチラ
マスターんとこに長居しすぎて、呑兵衛横丁には、行けなかった…(^_^;)

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