と、大原孫三郎=倉敷紡績を大きな企業にし、かつ、倉敷にある大原美術館を造った人物は言ったらしい。‘らしい’と言うのも、まさにこのタイトルの、大原孫三郎の生涯に関する本を読んでる、まだ途中なもんで(分かりません)。
先週、FMヨコハマのニュースアナウンサーの1人・石田さん(以下、通称の石田アナ)とランチ。だけのつもりが、ずるずるずるるん。何時間話したんだろ。笑
「深友、真友」を探したという大原。それは、闊達な意見のやりとりができ、時に厳しく進言もできる人間のことをさしたのだろう。
石田アナとのランチは、まさに。意見の応酬だった。軽いディベートのようなものがずーっと続いている感じだった。
週末の東京国立博物館。いま、「クリーブランド美術館展」が開催されてるので行ってきた。
仏画や花鳥風月、虎や龍など。日本美を感じる絵がクリーブランド(アメリカ)美術館にある。そのクリーブランドからお借りした絵がズラリ。雷神図屏風には感動。力強さの中にあるユーモラス。室町時代?の放屁(オナラ)に関する絵巻物には爆笑。今も昔も根本ってあまり変わんないのね。
そんな日本画の中に混じって、ちえぞう的今回の展示の目玉が。アンリ・ルソーの絵。
「トラとバッファローの戦い」…これが人生2作目のルソーの絵。会場行ったり来たり。悪いか。目に焼きつけましたが足りず400円(高っ!)出して、この絵のクリアファイルを買った。
‘素朴派’にジャンル分けされるルソー。じっくりと素朴派に関する本も読んだ週末。人は何を始めるにも遅い早いなんてないとつくづく思う。実際、素朴派に分けられるのは、絵画の勉強などはしていない人が圧倒的に多い(らしい)。ただ、世間の批評や評価に耐えてでも、やっていける強い気持ちがあるのかどうか。いや、そんなのおかまいなしに老後や晩年の楽しみ、的なところで描いた人たちもいるとは思うのだが。
「今、ルソーの絵が気になって」…というワタシに、石田アナの答えは早かった。
「大原美術館ですよ!行きました?」
そうなのだ。大原美術館にもルソーの絵がある。ここに所蔵されているルソーの絵も素晴らしい。早く行って見たい。国内にあるのだ!
そして、石田アナが紹介してくれた本が、まさに。『わしの眼は十年先が見える』。
「実はルソーの絵を知ったのは、ある本がきっかけで…」と話すや、すかさず石田アナ、「それはもしかして、『楽園のカンヴァス』?」…楽園のカンヴァスは、大原美術館が舞台。
とてもよく本を読んでいて、‘才媛’という言葉がまさにぴったりなのは彼女のような人であって、ワタシなんかが親しくできるような人間ではないと思うほどなんだけど(笑)、石田アナも、逆にどこかワタシのことを面白く思ってくれているところがあるんだろうな。今月は2人で、とある美術の展示を見てからスケートに行く、という遊びをすることになったよ(最近、都心ではちょっとしたスケートリンクがいろんなところにあるよね?)。いい年した女子2人で、ちょっと面白いでしょコレ。笑
会話ではなく意見のやりとり。だからこそ、感じること、得られること。話をして「打てば響く」という感覚。関東に来て、珍しいタイプの友を見つけられたように思います☆
振り返って、大原美術館には一度だけ行ったことがある。ツタの絡まる大きな美術館だった。
高校文化祭ってのがあって、四国での全国大会だった時。アナウンスの代表で行かせてもらったのでした。
その時、顧問の先生が「ここには行かなくちゃダメだ」と立ち寄って見せてくれたのが、大原美術館だった。四国に宿がとれなくて、岡山泊まりになったというのも幸いして。
岩手の田舎モンとしては、古くその昔からこの佇まいが存在していたということにただただびっくりした記憶しかない。しかし逆にこの美術館が今でもあるというのは、あの当時からこれがあるおかげで、戦火を逃れて街全体も守られたとも言えると知る。そして、ルソーの絵を見た記憶なんかまるでなし。
大原孫三郎の本を読むことで、高校時代のぼんやりした歴史の記憶の点がつながっていきそうだ。うーん楽しス(^^)
ルソーの絵に対してもお金が払えたんだもの。きっとあの当時、何の評価もされていないルソーの絵を。十年先が見えていたんでしょうな、やっぱり。大原孫三郎という人は。続きを読むのが楽しみである☆
