こえ

さっ今日はタモリ倶楽部をリアルタイムで見られる〜とスタンバイ(笑)してたら電話が鳴った。
岩手の宝・EL SKUNK DI YAWDIE、show441。
さすが誕生日が同じなだけある(笑)。こっちの思いが伝わったか、なんて書いたらホメすぎか。
ちょうど「ラジオ福島の300日」なる本を読み終わりました。
昨年の震災が起こってからのラジオ福島の歩みが記されています。
福島は、地震と津波に加えて、原発のこともあって。本当に、放送が難しかったことは容易に察しがつく。
300日を200ページ足らずでまとめるだけに少々粗くてその奥が知りたい、という部分もある本でしたが。
ワタシ的には。震災から約1週間後、CMを挟まずに特別放送体制を続けてきた中で「福山雅治さんのラジオを聞きたい」という女性の要望に応え、それをネットしたところ。勇気がいることだったろうなぁと思うけど、「こういう時だからこそ、好きなパーソナリティの声を聞きたい」のでは、という考えのもと、そういう判断をした、というのは。あぁ、そうだよなぁ、ラジオは近しいメディアだからなぁ、ふむふむ。なんて、ね。
前にも書いたけど、今、こうして放送をしていることは正しいことなんだろうか?これでいいんだろうか?
と頭をよぎることがあった。
震災から数日経って、ショウくんと相当、ま、言うならケンカしたんです(笑)。
ショウくんが伝えるべきだ、と言う放送を、FMではできませんでした。私自身もそういう放送をしていいのか、自分の責任でゴーはできませんでした。
放送を聞いた人がもしそれで何かあったら、誰がどうやって責任をとる?聞いている人に少しでも役に立つ放送をしたい。ましてや前に書いたけど、報道部もなく新たな情報やニュースが入ってこないなら。生活情報を流すのは手ではないか。でも、情報の真偽はどうやって…
そうだったなぁ。そんなケンカもしたなぁ。
っつって、今だから、ケンカしたことについては笑える。
そんでさ。ショウくんが言ってくれたんだよね。
「でもさ。聞き慣れたちえさんの声で、オレ、安心はしてたからね」
こういう何気なくて、喋ってる人は全く思うことがないことを、ぽろりと。
ラジオ福島の300日、なる本を読んで。これまた、おんなじことを。思わされましたわけです。

この前の火曜。
郡山の「おだがいさまセンター」の中にある「おだがいさまFM」へと行ってきました。
遠目に仮設住宅が見えますね。その、仮設住宅が立ち並ぶ敷地内の真ん中にセンターはあります。
これが福島の難しいところでもあるのですが。この仮設に住んでいるのは、郡山の方たちではないのです。
原発の警戒区域となっていて避難している、富岡町を中心とした周辺町村の方々が暮らしているということです。

住んでいた街を離れなくてはいけないという辛さと、郡山に住むということ。
そんな皆さんに聞いてもらえるように放送をしているこのFM。
窓ごしに放送の様子を見ることができます。この日も、仮設に住んでいるというご夫婦が来てました。
「避難所にいる時から(注;おだがいさまFMは、郡山でいちばん大きかった避難所・ビックパレットふくしま内でも放送をして、避難所の閉鎖に伴い一度放送を終了。今年の3月11日に新たな場所で放送を再開して今に至る)放送、聞いててさぁ〜。ホッ、と、するんだよね〜、毎日聞いてる、この、声に」
住んでいた場所が変わり、これまでのコミュニティもない。新たに築くのもそう簡単にできはしない。
そんな中で、「おだがいさまFM」は。仮設住宅に住んでいる方々を媒介するような、いや、人だけでなくて、郡山という土地とも。そして、今後をも。繋いでいく放送局になるのかも、しれません。
でもそんなこと以上にただ単に‘大丈夫、そばにいますよ’という放送をしていくこと、が。今はただ使命と思って放送に携わっている方が多いような、そんな気がしました☆

郡山の公園にて。
公園、学校の校庭。必ずあるそうです、線量計。そして今でも、テレビでは放射線量のお知らせは流れているそうです。
これはこれまでになかった、そして、これが、いつまで続くか分からないけれど、福島という土地の日常になっていく、なってしまう。このままだと。
これが日常、って、おかしいでしょうよ?
私はまだ、自問自答している。

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